2_死柄木弔と正気じゃない彼女

「あーあ、見つかっちゃった」
「なん……で……」

 青年のコスチュームが完成し受け渡しが終えた数週間後、仕事帰りの彼女は人通りの少ない夜道でを歩いていた。すると小さな断末魔が先の路地で聞こえ、携帯を片手に慌てて駆け付ける。駆けつけた所にいたのは数週間前にコスチュームを受け取った青年がいたのだ。彼女の大作をぴったりと着こなし、自身の大きな手で悲鳴を上げた主を殺すあの青年が。

「幻滅した?」
「なんで……ッ!」

 へらりと笑う青年に彼女は言葉を失った。よろよろと後ずさり、尻もちをつく。頭痛がする、視界に彼を留めておくのが難しいくらい視界が滲む。彼女にとって初めての経験であったので、目の前で人が殺されている現場に出会ってしまうのも。その犯人が自分の作ったコスチュームを身にまとっていることも。
 青年の手から崩れ落ちる人間のようなもの、全身から血が噴き出ているようで血だまりも見える。しかし頭部は崩れたような形をしていた、あの青年の個性で殺されている。

「そんな、でも……」
「何泣いてんの、俺このコスチューム気に入ってんだよ」
「でも、こんな、」
「俺が人を殺さないとでも思ってた?」
「……違う!!」

 彼女は青年の言葉を遮るように声を張り上げる。幻滅だなんて、怖いだなんてそんな気持ちは一つもなかった。彼女が抱いている感情は”後悔”、それだけ。人を簡単に殺すことのできる個性だとは知っていた、だって個性で把握していたから。だからその指向性にあったコスチュームを作ったのだ。しかし今青年の目の前にいる人間だったものは壊されているだけではない。ぐちゃぐちゃになったソレを見て大粒の涙を流す。
 残忍で残酷だけでない、人を殺すことを愉しんでいるような惨状。彼にもこんな一面があったのを見落としていたことに後悔していたのだ。

「知っていたらもっと、もっと、君の嗜好に合う物を作れていたのに」

 大粒の涙を何度も何度も地面に落とし、声を上げて「ごめんなさい」と泣く彼女を見た青年は曲がっていた口元を歪ませた。この惨状への感情で泣いているのではない彼女の、作ることへの執念深さへ興味を抱く。まるで異常な、そんな彼女を見て青年は高揚感を抱いていたのだ。

「いいな、いい感じにお前も狂ってる」

 気に入った。そう言って掴んでいた頭部だったものを離す。この現場を見られた以上どんな人間であろうと殺そうと思っていた青年は、彼女の言動に興味を持った。このまま生かしておけば、自分を見て後悔しているこの女は次にどんな行動をするのだろうか。
 殺すことなら簡単にできる、特に変哲もないただの人間であれば尚更だ。だからこそ、次にすることを知りたいと思う。
 青年は彼女に歩みより、しゃがんで目線を合わせてから耳元で囁く。その言葉は彼女にとって情けであり救いでもあるようなものだった。しゃくり上げる声のまま彼女は青年と目を合わせる。

「本当にいいの?」
「あぁ、お前がそうしたいなら」

 こくんと頷く彼女。青年はますます彼女を面白いと感じた。このような状況で怯えることなく、自分の一言で涙を止めて頬を赤らめている彼女なんてこれ以降の人生で現れるのだろうかと。
 青年は彼女を見て”本当、狂ってんな”と内心思う。そうして彼女を離さないように、二つ返事で頷いた彼女の顎を掴み、赤らんだ唇に嚙みついた。


「契約成立だ、ようこそ俺らの世界へ」

 
back両手で掴んで
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