3_違わない約束

 しかし、そんな願いが叶うはずもなく、ある朝に父親から一番聞きたくない言葉を言われてしまう。数週間後にはこの場所を離れる旨だけ告げられた私は頭が真っ白になった。もう何度目かも分からない、ある意味慣れていることだったがその言葉を聞いた瞬間に思い出したのは緑谷くんの顔だった。
 もう彼と会えなくなる……? せっかく出来た友達なのにまた疎遠になることが怖くなり、またその日から緑谷くんに会うこともしなくなった。会えば引っ越すことを言わなくてはいけなくなると思ったからだった。私なりの現実逃避のつもりだったようだけど、会わなくても引っ越しをする事実は変わらないし覆ることもない。いよいよ引っ越しが目前になったある日、私は意を決してあの公園に向かった。久しぶりの公園はどこか懐かしいように感じる。いつもならこの時間には緑谷くんが先に待っててくれているのだがまだいないようで、私はいつもの場所に座り、じっと公園の入口を見つめた。今日こそは緑谷くんに話をしようと、彼が来るまで公園で待つことにした。

「緑谷くん、もう来てくれないのかな」

 時計の長針が二回ほど一周したが彼は現れない。段々と暇になってきた私は彼が来たらどう伝えようかと何度も頭の中でシミュレーションし、手持ち無沙汰な状況を紛らわすようにシロツメクサの葉を掻き分ける。本当はまだ言う自信がないのだ。だから、四つ葉のクローバーが見つかったら緑谷くんにちゃんと言おうとある種の花占いのような感覚で探す。探してからまた長針が一周した。
必死に探しているが見つけることの出来ない四つ葉のクローバーに、まだ来ない緑谷くんに飽きらめかけていた時、どんよりとした鉛色の空がこちらへと来ていることに気付いた。もう少しすればきっと雨が降ってくるしもう帰らないと行けない時間でもある。今日は諦めようかと視線を空から地面に戻す途中で公園の入口に見知った少年を見つけた。俯いているが、深い緑色の湿気でよりハネた髪は私の待ち望んでいた緑谷くんに違いない。声をかけると、彼は私めがけて一目散に駆け寄り、立ったまま私を見下ろした。私は一向に座る様子のない緑谷くんの様子が気になり、彼の表情を見ようと覗き込む。その時、一粒の水が私の手の甲へと落ちた。

 その水が緑谷くんのものだったのか、急に降り出した雨だったのか分からなかった私は濡れる前に雨宿りが出来そうな木陰に緑谷くんを連れていく。二人が雨宿りするには十分すぎる大きな木の下に来た時、緑谷くんが小さく絞りだすような声を出した。

「ぼく、ヒーローになれないんだって」
「えっ、どういう―――」
「ぼく、むこせいだからヒーローにはっ、オールマイトにはなれないんだって」

 振り返った私は息を呑む。目の前にいる緑谷くんの目には大粒の涙が溜まっていて、その涙が堪えきれずに頬に流れていた。無個性、聞いたことがある。個性が当たり前になったこの世界で珍しく個性を持って生まれない人間のことをそう区別していた。話には聞いたことのある無個性が彼だった? あんなに目を輝かせて私にオールマイトのことを、ヒーローについて語ってくれた彼がヒーローになれない? 少年は嗚咽を漏らし涙を流しながらも私に笑いかける。

「でもぼく、こまっている人をたすけたいんだよ」と。


「み、緑谷くん」
「でも、ヒーローじゃなきゃこまっている人をたすけられないんでしょう?」
「ぼく……ヒーローになれないのかな?」

 その言葉と同時に溢れてしまった想いが泣き声となって、緑谷くんは膝から崩れ落ちてしまった。私のスカートを握りしめて「ぼくもオールマイトみたいになりたかった」と声をあげる彼にどう声をかければ良いか分からなかったのだ。大丈夫だなんて無責任なことを言えるはずもない。ヒーローになりたい彼にとって無個性であることは致命傷なのだ。個性がなければ所詮は力のない一般人なのだから、必然的に守られる側になってしまう。

 雨音が緑谷くんの悲しみと呼応するように激しく響く。私は深い傷を追ってしまった少年に何て言えば良いか見つからないまま、恐る恐るしゃがみ込みひどく小さくなってしまった彼を抱きしめることしか出来なかった。


 
back両手で掴んで
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