1_工藤新一が嫌いな男子高校生

 思春期真っ只中の高校生なら好きな人や嫌いな人くらいいてもおかしくないんじゃないか。それが学校の人気者であれば尚更一定数の嫌い派も出てくるのではないか、と俺は思う。まだ肌寒いこの季節なのに元気にハーフパンツで校庭を走り回っている工藤新一に視線をやる。ボールを渡せばゴールへと導いてくれるプロ顔負けなくらいの完璧なプレーをし、女子生徒からの黄色い歓声を涼しい顔で受けている。俺はゴールキーパーを示すビブスの裾をグシャっと握りしめる。またやられた、クラスメイト達から同情するような声がかけられる。

「工藤が相手だからしゃーねぇよ」
「ま、気楽にやろうぜ」
「……そんな慰めいらねぇんだよ」

 運動神経が良いから人気がある訳じゃない。新聞の一面をよく飾るし女子の中ではファンクラブあって、下駄箱にはラブレターが入っていて校舎裏で呼び出されることも多々あるようだ。それだけならまだモテるいけ好かないの認識で済むけど、工藤は男子生徒からもこの学校全ての人間から好かれていることが本当に気に食わなかった。勿論、その中に俺の片想い相手も含まれている。この前告白したら「工藤くんが好きだからごめんなさい」と振られてしまった。人生なんて山あり谷あり、恋愛が上手くいかないことだって百も承知だけと深く考えないようにしていたのに。あろうことか工藤新一は俺が好きな女子を振ったのだ。

「本当、キザ野郎め」

 俺は心の底から思う。可愛い幼馴染もいて容姿も頭脳も全てが完璧な工藤新一が気に入らない。クラスも部活も違うから普段会うことはないが、体育だけが一緒なので嫌でも工藤の能力を見せつけられるんだ。

「あ〜、いらいらする」

 放課後の音楽室、楽譜を片手に担任から鍵を借りて教室へ入る。合唱コンクールがもうあと2カ月後に控えていて、ちょうどテスト期間に入ったので息抜きがてら少しだけ練習しようと譜面台に楽譜を置いた。電気をつけてもまだ薄暗い部屋に日差しを入れるために埃っぽいカーテンを開け窓を全開にする。テスト期間のだから部活もないので、いつも賑やかな声が聴こえる校庭には人一人いない。普段なら工藤を応援する黄色い声がここまで届くのだか、それがないのは本当に気分が良かった。静かに集中して練習が出来る。

 俺は椅子に腰かけ鍵盤蓋を開けて鍵盤を軽く叩く。調律がしっかりとされている音は心地が良い、ポーンと音が教室に響いた。スマホを置いて、指を鳴らし、大きく背伸びしてから両手を鍵盤に置く。イメージするのはステージの上で弾いている自分。足でリズムを取り、譜面通りに音を奏でていく。

「はじめはdolce(柔らかく)」

 合唱曲の中でも一番気に入っている曲をジャンケンで勝ち取れたから嬉しかった、あの時グーを出した委員長にはマジで感謝しかない。曲調は基本的に柔らかくゆったりとしたものなので合唱初心者の俺たちにも難しくない。何小節も同じ曲調が続くのでリズムも掴みやすいのが特徴だった。

「次はbrillante(華やかに)」

 中盤になり曲調が少し変わりだす、イメージはあどけない少女が恋を知る女性になるイメージだと担任が言っていた。思春期の俺たちは「ゲェ〜」とこっぱずかしさを隠すような反応をしていたけど、弾いてみればなるほど。的を得ている表現だと思う。どんどん成長するように華やかな雰囲気になるこの曲は終盤に差し掛かると跳ねるように弾みだす。これをクラスメイトは優勝してチームメイトに胴上げされてる時みたいだと言っていた。恋愛してた女性像はどこ行ったんだよとツッコミたくなったが、その通りに指先も弾ませて鍵盤を叩く。

「最後はTempo Rbato(自由な速さで)」

 最終小節に書かれた指示では、用語の意味が良く分からないと言うクラスメイトのために俺はいくつか比べられるように弾いた。ゆっくりとした曲調にしたりより激しくしたり。多数決の結果、華やかだった曲調を壊さないようにしつつテンションは上げて行きたい割とアップテンポなものに決まった。俺はその感覚を忘れないように指を滑らせる。

 最後の音を叩き、手を止めた。今回は上々ではないか、後で聞き返すために録音していたスマホを取ろうと視線を上げる。視線の先にスマホ以外のものが入り、俺は息をのんだ。

 何で奴がここにいる……?

 
back両手で掴んで
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