6.いつだって理不尽

 どんな部屋だよ、これ。そう思っているとチャイムが鳴った。誰だろ? 今の俺に知り合いは殆どいないから、もしかして新一クン達? 暇だから来ちゃったとかそんな感じ? 必要以上になるチャイムに急かされて俺は慌てて玄関に走る。

「はいはー……いぁ」
「はぁーい真緒ちゃん」
「有希子……さん?」



コトンと有希子さんに紅茶を出して、向かいの席に座る俺。ただいまリビングなうです。玄関あけたら有希子さんがいて、びっくりして思わず名前で呼んだら「やっと呼んでくれるようになったのね!」と喜ばれました。ああしくじった。


「純子から言われてきたのよ」
「え、母さんから?」
「ええ、息子が良い感じになったからオモチャにしてちょーだいって」
「あぁ、そう……」

 純子ってのは俺の母さんの名前で、名前で呼び合ってるあたり仲良しさがうかがえる。まぁ、幼馴染設定なんだから、親同士も仲が良いのは当たり前か……。
しっかし、なんてこと言うんだ母さん。有希子さんは立ち上がり俺の横に腰掛けて顔を自分側に向かせる。ゴキって言ったけど大丈夫? 俺の首。


「ほんと純子の言う通り……」
「あ、あの有希子さん?」
「なぁに?」
「まさかさ、女装させるとかじゃないっすよね?」

 あら、よく分かったわね。なんて笑顔で言われるもんだから脱力してしまう。なんでそんな当たり前のように言うんですか。無言の圧力のおかげで断るに断れなかった俺は、さっきの部屋に連行される。碌な説明もないまま椅子に座らされて化粧を施されているのであります。 


「肌が白いから化粧栄えするわ」
「……楽しそうっすね」
「新ちゃんやらせてくれないもの!」

「俺も承諾した覚えはないんですが」
「もぉ、そんな細かいことは気にしないのっ」

 ああ、細かいことね。俺の男としてのプライドは細かい事に分類されたよーです。なんてこった。原作でも読んでいる限り、少し強引なところある人だとは思ってたけど、ここまでとは……恐るべし有希子さん。当の本人は心底楽しそうに俺の顔を見ながら色合わせやらなんやらしておられました。


「はい、できた! じゃあこれに着替えてねー」

 化粧が終わったらしい俺に服を押し付けて「着替えたら声かけてね」といって有希子さんは部屋から出て行った。渡された服は案外シンプルだ。良かった……。とりあえず着替える事にする。下はスキニーみたいで上はグレーのほんとシンプルな格好。


「お、終わりました」
「はーい。じゃあ耳にこれつけて、あとはウィッグね!」

 部屋から顔を出して着替えたことを有希子さんに伝えると「やっぱり似合ってるわ」と称賛され、小ぶりの動くと少し揺れるイヤリングを手渡された。もう好きにしてくれ……そう思ってイヤリングに苦戦している間、有希子さんはウィッグを漁り適当なロングヘアのものを持ってきた。


「これでよしっと、できたわ!」
「あ、はい」

 全部終わったようで目の前に鏡を渡される。うぇ、これが俺? 恐る恐る自分の顔に手をあてて確認する。全然ちげーじゃん、これじゃあ誰も分からねーな。姿鏡でも確認してみたけど、これは凄い。男だったら少し低い身長も、女だとして考えると高く見えるし、ロングヘアも意外としっくりきてる。化粧はハデでなくナチュラルで、これまたシンプルな服装にマッチしていた。


「す、すげー」
「あとは……はい!」

 思わず感嘆の声が漏れてしまう。思ってた以上の出来栄えに納得している有希子さんは思い出したようにカバンとメモを俺に渡した。ん? メモ?

「買い物、いってらっしゃーい」
「は?!」

 何も理解できないまま、有希子さんに背中を押されて裸足のまま外へ追いやられた。一旦閉まるドアに唖然としていると、再びドアが開き、隙間から靴を渡されてまたドアが閉まる。え、これで買い物行けっての?! ちょっと有希子さん?! ガチャガチャとドアノブを回すけれども鍵がかかっていて開かない。持たされた鞄の中には携帯と財布しかないし、バイクの鍵もねえじゃんか。俺はその場で座りこむ。
やっべー、あの人本気だ。鍵しまってるし……カバンもいつものと違って女物だし何がしたいんですか貴女は。


「これ買ってくるまで家に入れませんからね」
「有希子さぁああん」

 携帯で自宅に電話をしようとしたとき、インターホンから有希子さんの声が聞こえてきた。うそだろ! そんな馬鹿な!


(行けばいーんでしょ、行けば!)

 
back両手で掴んで
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