7.デフォルト名はキザ

 手渡されたメモを見るとそこには沢山のお品書きという名の買い物リストが並んでいた。リストの最後には米花に売ってないものも多いからよろしくと書いてあった。端から遠出させる気だったの? じゃあ何でバイクの鍵をくれなかったんですか有希子さん……! リストを見る限り、ちょっと大きな街行きゃあ揃うだろうか。この付近でウロウロして、もし新一クンたちにばれたりでもしたら! それはさすがにまずい。一生ネタにされてしまいますね、蘭ちゃん・園子だったら絶対オモチャにしてくる、今日の有希子さんみたいに。


「そうだ、京都に行こう」

 いや、行きませんけど。ちょっと言ってみたかっただけです。あいつらが行かなさそうなとこ(都会)に行くしかねえ! 見つからないために俺は今から電車に乗って出かけることにした。目指すは何でも揃ってるでっけえ店!!!



 ということで池袋に行きました。リストにあるものは全部ここで買うことができたし、マジ都会! ありがたい!!! ちょっと自分の服も見ようかなー、なんて行きつけの店に行ったら店員さんに驚かれたり、すれ違う女の子たちに振り向かれてコソコソされたり、これ大丈夫? 女装してるってバレてるんですかね? 警察に通報はしないでくださあああああい! って叫びたくなるような時間を過ごした。両手にいっぱい荷物を持って帰るのもしんどかったのでまとめて配送してもらうことにした。あて先は勿論、新一クンの家です。あとで怒られないように事前に有希子さんと新一クンにそれぞれ連絡をしておく。
そして用事が終わった俺はただ今カフェにいます。まったりティータイムというわけです。駅から少し歩いたところにある小さなカフェだったけど、テラスがあったり何よりゆったりとできる。でも俺は1人掛けの席に座ってため息を吐きながら財布の中身を確認していた。別にお金がなくて困ってるとかではなくて、もっと別の事件が発生していたんだ。


「なんでポイントカードが」

財布に入ってたポイントカードの中身を確認する。コーヒー1杯で1スタンプ。これで1ポイントとなり、20ポイント貯まったら店にあるドリンクが1杯無料になる仕組みだった。そしてそのスタンプ欄には結構な数のスタンプが押されていたのだ。
それだけじゃない、もっとおかしいことがあった。コーヒーを頼んだら、思った以上においしくてついおかわりをしてしまった。店員さんに「気に入ってもらえてよかったです」とクスクス笑われてしまった。そこまではいい、だっておいしかったんだもの。
そうじゃなくて、ここの店では豆を買うことができて、しかも定期購入をするなら自宅まで配達してくれるそうだった。そんな素晴らしい店があるのか……! このコーヒーが家で飲めるなんて、定期購入一択でしょ! と購入を決めて住所を書いて店員さんに渡したら驚いた顔をされた。え、何か不備でもありました? と聞くと、「いえ、もしかして真緒さんのご姉妹の方ですか?」と聞かれてしまった。なんでも秋野真緒はここの常連客で、ついこの間も豆を買って帰ったそう。俺は唖然とした。だって、ここに来たのは今日が初めてだし、住所も書いてないはず。なのに店員さんは俺のことを知っていた。いや実際に俺の住所が控えてあったわけだし……? とりあえず店員さんには実は今日女装してるんですよー。とヅラをとる訳にもいかなかったので、真緒の妹だということにしておいたんだけど、もう冷や汗が止まらなかった。


「(俺は、俺が来る前から存在していた……?)」

 おかわりをもらって、もう一度席についてゆっくりと考える。鞄から財布をとりだして免許証も確認してみるが、たしかにこの日に免許をとりにいった。その日は髪を切りすぎて何とか誤魔化そうとピンでとめていたんだって、その不服そうな顔をした俺が証明写真で映し出されている。これは俺自身の記憶であって過去だからてっきり只のご都合主義に沿った捏造だと思ってたんだけど、神様もしかしてトリップしたときに俺に都合の良いような捏造をしていたんじゃない……? じゃあこの証明写真はこっちの俺が実際にとったやつ? 同じ日に同じ髪型・服装・この表情で……? ああ、訳が分からなくなってきた。


「わけわかめ」
「ブハッ」

 ボソッとつぶやいた言葉に後ろで反応されてしまった。き、聞こえてたのか! 多端に恥ずかしくなる。いやだって今めっちゃシリアスモードだったからちょっと気分変えようと言ってみただけだって! そう思いながら顔をあげて視線を後ろにやったとき、笑ったであろう人物が真横を横切って、目のまえの空いている椅子を引いた。


「不意打ちすぎて笑っちまった」
「くっ!!!」
「あ、ここ空いてますよね?」

 にっこりと笑うその人物は新一クンによく似た黒羽快斗だった。なんでこんなとこで会うんだよ!! そう叫びたくなった俺の気持ちを察して欲しい。ただでさえ今頭の整理ができていないのに! 俺の向かいで座ってニコニコとしている黒羽快斗はスッと右手を俺に向けて、その手のひらから1枚のカードを出した。わぁお、マジックですがな。


「俺、黒羽快斗」
「あ、どうも」

 カードを受け取ると、名前とメールアドレスが書かれていて「メールくれよな」と一言添えてあった。なにこれ、こんなキザなことしてんの、デフォで? 本人は楽しそうに俺を見てペラペラと話しだす。


「いつもはこの席、俺と同い年くらいの奴が座ってんだけど。今日は珍しく違うし、しかもテラスから外を眺めて黄昏てるなーっと思ったら唐突に『わけわかめ』だろ? 面白くって思わず声かけちまったよー」
「(俺がしょうもない事を口走ったばっかりに!)」

 やばいことになった。男の時ならまだしも、いまは女装をしている。なんかの拍子でバレでもしたら興味を持たれること間違いない! これ以上の関わりは正直ごめんだ。黒羽快斗とは、あいつが怪盗キッドとして登場した時にはじめましてするくらいがちょうどいいのに! よし、この場から逃げよう。俺に話しかけながらもチラチラと腕時計で時刻を確認しているということはきっと誰かと待ち合わせをしているということだ。こいつの友達で一番可能性が高いのはきっと幼馴染の青子ちゃんだろう。彼女が来たと同時に逃げちまえば追われることもないし、きっと大丈夫!!!!


「快斗―!」
「(いまだ!)」
「あ、おい!」

 青子ちゃんらしき声が聞こえた時に、俺はテーブルに散らかしていたカードやらポイントカードやらを適当にかき集めて鞄につっこむ。そして黒羽快斗に「用事を思い出したので帰ります」と言って席をたった。あいつが何か言おうとしていたみたいだけど聞く前に猛ダッシュしてやってくる青子ちゃんとすれ違った。池袋の駅まで走って、そこでようやく後ろを振り返る。よし、追いかけてきてないな。

(帝丹高校1年秋野真緒)

 
back両手で掴んで
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