2.九月○○日(月)

 中学の頃、真中 名前には友達と言える人間がいなかった。クラスのカースト上位だった彼は些細なことでクラスメイトと喧嘩をしてしまい、それはクラス全体を巻き込んだいじめにまで発展してしまったのだ。物を隠されるだけでなく、陰口や暴力。明らかな変化に気づいていたであろう教師は、助けることをせずに真中を見放した。

 その結果、真中は学校へ行くことができなくなり無断欠席が増える。このままでは卒業もできないのではと心配した両親は、思い切って環境を変えようと転校を促した。そして善は急げと、あっという間に転校が決まり、市内でもそこそこ頭の良い学校へと通えることになったのだ。

 しかし、いじめというものは一度経験してしまえばとても厄介で"何処に行っても同じ目に合う"と感じてしまうものだった。真中は転校初日から学校に行くことができず、気づけば一週間もの時間が過ぎていたのだ。

 毎日が日曜日、ゲームや詰んでいた小説をじっくりと消化する日々を送るばかりだった真中。ある意味充実していたのだが、転校した手前、何もせずに引きこもることに対して徐々に罪悪感を覚えるようになっていた。
 そんな罪悪感と戦う引きこもり生活二週間目、真中に大きな変化が訪れる。いつものように学生が帰路につく夕方、ただなんとなく窓の外を眺めていると、真中の知らない人間がキョロキョロと辺りを確認しながら歩く様子が目に留まった。
 派手なオレンジ色の髪に、片手には派手な色のスマホを持っている学生服の少年がいたのだ。ここらで見かけないような容姿の少年は近隣の表札を確認しながら移動しているようで、真中家の前で立ち止まったかと思えば、そのまま屋根の下へと姿を消した。その様子を見ていた真中は"まさかな"と思いつつ、頭から布団を被って外界との音を切断するために耳を塞ぐ。

    ◇

 暫くしてから、下の階で母親が誰かと話しているような気配した。そんな気がしたものの数分後、唐突に部屋の扉が開く音がする。母親であれば突然扉を開けることはない、では一体誰が?
 その疑問に答えるかのように、まだ声変わりの終わっていない幼い少年の声が頭上から返事をする。思っていた以上に近くから聞こえた声に、真中は慌てて布団から這い出し壁側へと避難した。
「よっ、クラスメイト」
「は? 誰?」
 布団の傍にいたのは母親ではなく、先ほど道路をウロウロしていた学生服の少年であった。オレンジ色に見えた髪の毛も夕焼けに照らされていただけで、近くで見ると金髪であったことが分かる。彼はさも友人のようなテンションで真中に声をかけるが、真中は知らない人間の突然の登場に驚きを隠しきれず口をポカンと開けっ放しにしている。
 そんな様子の真中なんてお構いなしの少年は"まぁまぁこれでもどうぞ"と真中の母親に渡されたのであろう、ジュースの載ったトレーを机に置き、背負っていた鞄を床へ無造作に落とす。そうしてベッドの反対に設置された勉強机の椅子に腰かけ、じーっと真中を見つめてから、ニカっと笑った。

「俺は上鳴 電気、お前の隣に座ってるクラスメイト」
「いや怖っ! 誰だよお前」
「だから上鳴 電気て言ってんじゃん、俺の話聞いてた?」
「知らない人間が突然自室にいる側の気持ちを察してくれ」
「え、何難しいこと言ってんの」
「えぇ……、もういいや。で、クラスが一緒で尚且つ隣の席であるだけの初対面さんが一体俺に何の用?」
「辛辣〜! だって二週間も来てねぇんだもん、心配じゃね?」
「は? 顔も知らない奴を心配?」
「だって俺ら、同じクラスの仲間だろ?」


 真中の上鳴に対する第一印象はやばい奴、加えてチャラい奴も追加された。会ったこともない人間のことを仲間だと言う上鳴に、偽善だと感じてしまう。何が仲間だ。仲間だと、始めはそう言っていても、きっと俺の転校理由とか知れば離れていくはずだ。真中は内心で悪態をつく。そんなことを思われているとは知らない少年は、真中宛ての書類を探していた。真中はこの得体の知れない少年・上鳴の様子を出方を静観する。
 上鳴は見つけた書類を真中に渡し、ここに来た経緯を語る。本人曰く、本当に顔も知らないはずの真中を心配して来たらしい。真中にとって、クラスメイトだから心配したと言う人間は前の学校でもいたが、実際に家にまで来た人間は上鳴が初めてであった。
 もしかして、学校に来るか来ないかで賭けをしているのか、もしくは何か企んでいるのかもしれないなどの考えが頭をよぎるが、当の本人は真中の視線に笑顔で応える。そして唐突に右手を真中に向けて伸ばした。
 真中はその手を暫く見て"なんだ、何か欲しいのか? "と、とりあえず机にあるジュースを手渡す。その行動に目を丸くした上鳴はブハッと噴き出して"そうじゃねーよ"と渡されたジュースを持ち替えてからまた、右手を差し出す。
「上鳴 電気、よろしくな」
「…………」
「ん!!!」
「……真中 照」
「よろしく照!」
 恐る恐る出し手を出して上鳴の手を握ると、すぐに強い力が返って来る。真中のぎこちなさをよそに、上鳴は握ったままの手を上下に振り、その勢いに負けた真中は力なくにへらと笑った。


 
back両手で掴んで
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