見つけられた想い



彼女と話したのは、去年の何でもない日のパーティーの前日ことだ。俺のいるお菓子作り班が思ったよりも早く準備が終わり、他の班を手伝うことになった。
俺は薔薇塗り班を手伝いに薔薇の庭へ行くと、みんな明日のパーティーに備えて忙しなく赤く塗っていた。俺も手伝おうとマジカルペンを持つ。
すると視界の端に一人だけ筆とバケツを持って手作業で塗ってる子が見えた。みんな効率を考えて魔法でしているのに。
少しだけ気になったからさっき取り出したマジカルペンをポケットへ入れると彼女の方へ向かった。

「ナマエ、魔法が使えない訳じゃないだろ?どうして手作業してるんだ」

集中していたのか肩をぴくっと揺らしたナマエは俺の方へ振り向く。真っ赤な絵の具が頬に少し付いていた。それがナマエの顔のハート型のメイクと対のようになってて、両頬にハート模様があるように見えた。

「魔法でも塗れるけど、私は手作業の方が綺麗に塗れると思って…。そりゃあ時間かかっちゃうけど私こうやって筆を使って色をつけるの嫌いじゃないし、ね。」

恥ずかしそうに頬を少し染めてそういったナマエは、また丁寧に1つ1つ塗り始めた。彼女が塗った薔薇はどれも綺麗な光沢感がありみんなが魔法で塗った薔薇の赤より赤かった。

「俺も手で塗ろうかな。バケツ貸してくれ」
「えっ、いいよ。薔薇塗りは私達の班の仕事だし…。トレイくんこそお菓子作り班にいなくていいの?」

そう言った彼女に、思ったより早く終わり他の班の準備を手伝うことになった事を言う。そして返答が返ってくる前に俺はバケツを持って向こうの薔薇を塗る作業に入った。

「トレイくんまで手作業することないよ!私が好きでしてるだけだし」
「…何でもない日を飾る薔薇はより濃い赤で無くてはならない」
「そんな法律あった、っけ」
「…なんてな」
「もう!びっくりしたよ、ちょっと焦っちゃった」

そう言ってふっと笑ったナマエはまた薔薇を塗る作業に戻った。今まであんまり意識してナマエと話したことなかったけど、その時何となく居心地の良さを感じるなと思った。
しばらくして俺は、ふとナマエから視線を感じた。横目でちらっと見るとこちらをじっと見つめて手が止まっているナマエがいた。

「…ナマエ、そんなに見られたら俺に穴が空く。俺の顔に何かついてるか?」

そういって向き直ると、ナマエはハッとした顔をしたあと耳まで真っ赤にした。
ごめん、と言うと慌てて作業に戻るナマエは動揺しているのか葉にまで色を塗り始めていた。それが小動物みたいに見えて可愛いなって思った。
その後俺はケイトに呼ばれて、結局作業は薔薇の木1本だけしか塗れなかった。


用事が終わって戻ってみると薔薇の木は一面赤に塗り替えられていた。

「やっぱり、ここだけ綺麗だな」

ナマエが塗っていたところだけ分かりやすく、綺麗な光沢のある赤で近づいて薔薇を見る。
すると1つだけ薔薇の花びらに黒い線が入っていて不思議に思って近づくと、そこには文字が書いてあった。


“I’m under your spell.”



文字の横に小さくクローバーの絵が添えられていた。書いてある意味を頭で解釈する。
ふぅん、あいつ意外とそういうことするタイプなんだな。少しだけ湧いた彼女への興味にちょっとワクワクした。


その後くらいから俺はわざとナマエと目を合わせるようにしてみた。
視線が合うと俺はナマエに少し微笑んでやる。すると少し頬を染めて視線を逸してアワアワし始めるもんだから、それが面白くて。

今まで気が付かなかったけど、ナマエは案外前から俺の事を見てるかもしれない。




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