マカロンが繋ぐ



あの"何でもない日おめでとうのパーティー"からしばらく経った頃。俺は少しだけ悩んでいた。
ナマエはというと相変わらず熱い視線は感じるが、俺に話しかけることは無かった。俺は進展がないことに物足りなさを感じる。
談話室でケイトと一緒にティータイムをしながらそんな話をする。目の前の皿に乗った色とりどりのマカロンのうちピンク色を取って口の中にいれた。

「…俺からの働きかけが足りないのかもしれないな」
「トレイくんてそういうとこあるよねー」
「どういう事だ?」

スマホでマジカメをチェックしながら俺の方を一切見なかったケイトが、ようやくこちらを向いた。

「ほら、言わせたいとか求めて欲しいとかそう言うの?ナマエちゃん、多分見てるだけで十分なタイプだと思うけど〜」

ケイトの言葉に納得する。ナマエの性格からしてグイグイとしたアピールはしないし、ひっそりと見てるタイプだ。
でもそれだったら一生実らないじゃないか。

「確かにな。まあ、そのうち好きって言うようになるさ」
「うわ、、怖」

俺がそう言うとケイトはまたスマホに視線を戻した。
紅茶を一口飲む、いい香りだ。
ふと窓の外を見下ろすと談話室から庭のテラスが見え、そこにあるテーブルに腕を枕にしてお昼寝をしているナマエがいた。
俺はソファから立ち上がると、談話室にケイトを残してテラスへ向かった。



テラスはぽかぽかと温かい日差しが差し込み、眠気を誘う。
俺は突っ伏して寝ているナマエの隣にそっと座る。テーブルには鉛筆と消しゴムが置かれ、ナマエの腕の下にはスケッチブックが引かれていた。
さっきまで絵を描いていた、という状況が分かる。スケッチブックに目をやるとそこには俺の姿が描かれていた。気になってそっと抜き取りペラペラと捲っていく。


"授業中のトレイくんの後ろ姿、かっこいい"

"薔薇を塗ってるトレイくん、話せて凄い嬉しかった"

"目があって笑いかけてくれるトレイくん、もっと好きになりそう"


捲れど捲れど俺しか描かれていなくて、ご丁寧にコメントまでついていた。それに少しだけ笑ってしまう。
こんなに好きなのに見てるだけとか悲しくならないのだろうか。

「…見てるだけじゃ物足りなくなるくらいにさせてやるからな」

ぼそっとそう言うと、そっとナマエの髪を撫でた。そしてスケッチブックの上に綺麗にラッピングしたマカロンを置いて、テラスを後にした。



*



何でもない日のパーティーの準備の日以来、結局話すことはできず見てるだけの日々が続いた。
それでもトレイくんとたまに目が合うと優しい笑顔を向けてくれて、それだけで心が踊った。
そんなある日の放課後、私は寮のテラスで薔薇の庭を眺めながら景色をスケッチブックへと描き写していた。

「何描いてるんだ?」
「っ!?」
「ハハッ、ごめんごめん。驚かせたか?」

後ろからひょこっと顔を出したトレイくん。
スケッチブックと薔薇の庭を交互に にらめっこしていた私は肩を揺らして驚く。今日は普通の方のスケッチブックでよかったと心底思う。
するとトレイくんはすっと私の横のイスに座った。

「ナマエ、たしか美術部だよな?」
「う、ん?そうだけど…」
「いやあ、今度の何でもない日のパーティーで新作のケーキを作ろうと思うんだけど。ナマエ、デコレーションとかそういうデザイン詳しそうだから」
「…?」
「つまり、手伝ってくれ」

ニッコリと笑ってトレイくんは私にそう言った。めちゃくちゃ顔がいい。かっこいい、笑顔が眩しすぎる。いや、そうじゃなくて。
私はトレイくんのいきなりの提案に目をぱちくりさせた。

「えっ、いや、私なんか手伝わなくてもトレイくんのケーキ毎回すごいよ?」
「ありがとう。でも俺だけだとネタ切れというか、毎回似たようなものしか出来なくてだな」
「いやいや…」

毎回、薔薇を赤く塗る作業しかしてこなかった私がケーキのデザインなんて烏滸がましいにも程がある。
寮長とかそういうの直ぐに気づきそうだし、もし癇癪起こしたらどうしよう、とかぐるぐると考えてるとトレイくんはポケットから何かを取り出した。

「まあ、考えといてくれ。あとコレ。ナマエってマカロン好きなんだってな。沢山作ったから良かったら食べてくれ」

それを私に渡すとトレイくんは肩をぽんっと叩き、寮の方へ戻って行ってしまった。私の手の中には綺麗にラッピングされた色とりどりのマカロンだけが残されていた。

えっ、トレイくんからお菓子貰っちゃった。てか、距離凄い近かった。嬉しすぎて明日死んじゃうかもしれない。
そっと袋を開けて緑色のマカロンを口に運ぶ。サクッと音がして口の中に程よい甘さが広がる。
あれ、この味知ってる。どこで食べたっけ。




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