振り出しに戻る



それから半ば強引にトレイくんと新作ケーキのデザインをすることになった。お昼休みにケーキのデザインを見せに行ったり、一緒に食材を買いに行ったり、試作品を食べたり。
正直、一生分のトレイくんを味わってる気がする。

「どうだ?」
「ん、美味しい。これならどこに出しても恥ずかしくないね」
「ははっ、そうか。良かった。これなら次の何でもない日のパーティーも大丈夫そうだな」

もう一口、ケーキを口に運ぼうとしたら頭の上にトレイくんの大きな手が乗った。そして優しくぽんぽんと撫でられる。私は突然の事で口をパクパクさせることしかできない。

「ああ、ごめん。実家で下の子達にこうやってたからつい癖で。嫌だったか?」
「えっ、やっ、えっと………。嫌じゃない、です」

動揺して何故か敬語になってしまった。聞こえるか聞こえないかの小さい声で言ったそれはしっかりとトレイくんに届いていたようで、良かったと言うとトレイくんはまた頭をぽんぽんと撫でた。
頬杖をつきながら私を見つめてくるトレイくんに心臓の音がどんどん早くなる。

「ナマエ、顔真っ赤だな。ごめんごめん、少しやり過ぎたか」

何も言えなくてずっと目を泳がせていると、トレイくんの手が頭から離れていった。まだ触ってて欲しい、って気持ちが出てくる。
だけど私は肝心な時何も言えない。頑張れ私、勇気を振り絞って言うんだ。

「っあ、あのっ、トレイくん!」
「ん、どした?」
「私は全然大丈夫だからっ、だから、、」

恥ずかしくて涙が溢れそうだ。何を言おうとしたかも分からなくなってきて頭がぐちゃぐちゃになる。ぎゅっとトレイくんの服の裾を掴むことで精一杯だった。



*



ナマエがデザインした物を何個か実際に作って2人で試食する。どれを食べても目をキラキラさせて美味しいっていうナマエは子犬みたいだなって思った。尻尾があったらずっとパタパタさせているだろう。
気がついたら俺はケーキを食べるナマエの頭を撫でていた。ハッとして謝ると小さな声で「嫌じゃないです」なんて言うもんだからどきんっと心臓が跳ねた。
その言葉に甘えてぽんぽんしているとナマエは顔を真っ赤にさせ、口をパクパクして目を泳がせた。
分かりやすくて逆にこっちが困ってしまう。

「ナマエ、顔真っ赤だな。ごめんごめん、少しやり過ぎたか」

俺としたことが、と思い手を頭から離す。すると俺の裾をぎゅっと掴んで眉を下げて泣きそうな顔で見つめてきた。
何とも加虐心をそそられる顔だった。いくら俺が好きだからって簡単にそういう顔見せちゃ駄目じゃないか。

「私は全然大丈夫だからっ、だから、、」
「…何が、大丈夫なんだ?」

そっと横髪を耳にかけて親指で頬を撫でてやると、もっと顔は赤くなっていく。少しずつ顔を近づけていき、あと少しでキスができそうな距離まで詰める。
そしてナマエの口元に手をやり唇の端に付いていたクリームを取った。

「クリームついてたぞ」

俺の指に付いたクリームを口に入れて舐める。恥ずかしくて目を逸していたはずのナマエは、俺をぼーっと見つめていた。
目を合わせてやると、我に帰ったかのようにハッとして立ち上がる。

「あ、あのっ、け、ケーキ、ありがとうね!こ、れで何でもない日のパーティーのケーキは完璧だね!と、トレイくん、今日はありがとう!」

そう言うとバタバタとキッチンから出ていってしまった。その後ろ姿を見ながら、俺は少しだけ肩を落とした。
やり過ぎてしまったかもしれない。

「ちょっと早すぎたかなあ」

可愛いな、と思ったあたりでやめればよかったんだが俺も一応男子高校生だから欲には勝てなかった。あの場でキスしなかったあたり、褒めてもらいたいくらいだ。


そして何でもない日のパーティーは無事終わった。俺の新作ケーキはリドルをはじめ寮生たちからも好評で、ケイトなんていつも以上に写真を撮っていた。
パーティー中に端の方でケーキを食べながらこちらを見ているナマエの事を見たら、目があった瞬間に真っ赤になって逃げられてしまった。

これは、振り出しに戻ったかもしれない。




prev U bookmark U next