既に毒された少年



もう見慣れたステンレス製のドアを開けるといつものように風がオレを歓迎してくれる。

「トラッポラくんまた来たのー?」

今日はなんて声をかけようか、と考えてたら向こうから声をかけてきた。珍しいな。
そういえばオレ、今日の星座占い1位だった気がする。

「来ちゃ悪いかよ」
「用もない人が授業サボっちゃいけませーん」

相変わらず定位置に座ってフェンスを背もたれにして、いちごミルクを片手に気だるそうに答える彼女。いつもと変わらない会話の始まりに頬が少しだけ緩んだ。

「用ならあるけど?」
「なに、またプリント?人に頼ってると本当にお馬鹿になっちゃうよ、トラッポラくん」
「そんな事言う割にはオレが来て案外嬉しそうじゃん?」

頬を少し緩ませて嬉しそうに尻尾を振るナマエは、明らかにオレを歓迎していないようには見えない。
むしろ逆だと思う。めっちゃ嬉しそうじゃん。

「なっ…。ま、まあ、一人でいるよりは話相手がいた方が楽しいからね。」

オレから少し目を逸して耳をピクっと動かし、いちごミルクのパックをきゅっと握る。
あ、図星だったんだな。もっと素直に言ったら可愛いのに、なんて思ったけど言ったら思いっきり睨まれて屋上を追い出されそうなのでやめた。

「それより、今日はどれ?」
「薬草の見分け方、教えてくんない?」

鞄からプリントを出してナマエの前でヒラヒラさせる。オレの手からプリントを取ってまじまじと見て、オレを怪訝そうな目で見た。

「プリント1枚じゃん。しかも、もう終わってるし」

あーあー、バレちゃった。獣人って目もいいんだな、こっから見えるんだ。
今日の屋上への入場チケットはこれだったんだけど、不正がバレてしまったからには仕方ない。

「あのさ、なんか理由がないと来ちゃ駄目なワケ?」
「私みたいにならない方がいいよって言いたいの」
「ここにいる良さ知っちゃったから無理」
「なにそれ」
「…お前にはまだ教えない」

オレの気も知らないで呑気にしてる奴には、これはまだ教えてやんない。と言うか、まだこの気持ちを口にするには早すぎる。
オレ自身まだ、確信には至ってない曖昧なものだから。

「トラッポラくんのくせに生意気ー。すっごい気になるじゃん」
「くせにってなんだ!トラッポラくんのくせにとは!!」

教えてもらえなかったことが不服だったのか、文句を言い始めたナマエのこめかみに拳を当ててグリグリする。
生意気ならお前も同じだろ。いつも揶揄われてる仕返しだ。

「いたいいたい、トラッポラくんいたい!!ぎぶぎぶ!!」

オレの腕をバシバシ叩きながらギブアップを訴えるナマエに仕方なく手を離した。叩かれた腕が何気に痛い。
オレがどうだ観念したか、と言うと彼女は口をへの字に曲げて髪の毛を必死に整え始めた。
耳がしゅんと閉じていて少しだけ可愛いなって思った、そう少しだけ。

「あーもう、髪の毛ボサボサじゃん。トラッポラくんのせいだ」
「いっつもオレを馬鹿にするからだよ」
「馬鹿にされるようなトラッポラくんが悪いんじゃん」
「結局オレのせいかよ」

依然として機嫌が直らず、むすっとした顔でいちごミルクを飲む彼女にやりすぎたかな、と思う。けどちょっと不機嫌な顔もいいなって。
それにナマエも最近は慣れてきたのか色んな表情を見せてくれてオレ的には嬉しい。

「ねえ、いっつもそれ飲んでるけどそんな美味しいの」
「いちごミルクのこと?」
「そーそー。それ飲んでるやつお前しか見たことない」
「みんなこの美味しさに気づいてないんだよ。この甘さが中毒になるの。トラッポラくんも気になるなら飲んでみる?」
「は?」

びっくりして思わず素で返事をしてしまった。前もそうだけど迂闊にそういう事言うもんじゃないよ。
オレだって男だし、そういうの気にする年頃なんだよ馬鹿。
オレ的にはご褒美でしかないけど、ここでそれに手を伸ばしてしまうと負けた気がする。
いかにも甘いですって書いてあるようなピンクのパッケージをまじまじと見つめる。
甘い物はそこそこ好きだけど、これ絶対甘いよな。

「中毒になっちゃうかもよ、この甘さに」
「いや、、お前分かってんの?」
「分かるって何を?それより飲むの?飲まないの?」
「ああもう!!飲めばいいんでしょ飲めば!!」

煽られて差し出されたそれを半ば強引に受け取る。ストローにナマエがつけてるピンクのリップが移っててどくんと鼓動が早くなる。
やばい、変な汗出てきた。意を決してストローを口に付け、いちごミルクを口へと吸い上げた。

「あ゛ま゛っ!!なにこれめっちゃ甘いじゃん!!お前いつもこんなの飲んでんの」
「なに、いつも飲んでちゃ悪いの?もーいいよ、トラッポラくんにはこの甘さ分かってもらわなくたって」

甘すぎて忘れかけてたけど、間接キスをした事実に体温が上がる。勢いでやってしまった自分に少しうんざりした。
彼女は何もなかったかのようにオレの手からいちごミルクを奪って飲み始める。
まじかよ、なんかオレだけ意識してて悔しいんですけど。
ごくん、とナマエの喉の鳴る音にまた鼓動が早くなる。その間オレは無言だったらしく不審に思ったナマエが口を開いた。

「トラッポラくん?ねえ、なんか喋ってよ。もしかして、いちごミルク嫌だった?なら最初から断ってよ」
「いやっ、その、違くて」
「もうなに?さっきから変だよ?」
「ああもう!!お前は気にしないわけ!?」
「だから何を…」
「か、間接キスだよ!そうやって平気で誰でも渡したりするのかよ!ちょっとは何か思わねーの!?」
「…何かって何よ」

余りにも何も思ってないナマエにイライラして声を荒げてしまった。
普通に考えて女子って間接キスとか気にしねーの?
オレだったらめっちゃ気にするし意識しまくる。ああもう分かんねえ。
そのうち、そういえばナマエってこういう奴だったなと思い出して、勝手にドキドキしたオレ自身に呆れた。はあ、と大きなため息が出る。

「いや、もういいや」
「ふふっ、トラッポラくんも男子高校生だね」
「……意味わかってんじゃんか」
「青いね、トラッポラくんは」

なんだよ、青いって。オレが言っていた意味わかってんのに何もないようにしてるナマエもナマエだ。そして少し冷静になってきたオレは彼女がいつもと違う事に気づいた。白い頬がほんのり紅く染まっている。
なんだよ、少しは意識してんじゃん。

「お前さ、そういう余裕ぶるのやめたら?」
「余裕ぶってない、もん」

ナマエは何も言わず尻尾がくねくねと動かして、体育座りにした膝に頭をつけた。
前どっかの本で猫が尻尾をくねくねさせてる時は機嫌がいい時って書いてたけど、これって期待していいのかな。なんて淡い気持ちを抱く。
そして膝に顔をつけてなかなか顔を上げないナマエは小さい声でこう言った。

「…トラッポラくんなんて屋上から出てけばいいんだ、ばーか」

いや、聞こえてんだけどそれ。


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