面白半分な宣戦布告



「ーー それで今の状況を変えたい、ということですか?」

テーブル1つ挟んだ向こう側のソファに座り眼鏡のブリッジを上げてそう言うアズールくん。ラウンジのVIPルームに入るのは初めてで緊張して話している私に丁寧に耳を傾けてくれている。
相談内容は掻い摘んで言うとラギーくんともっとお近づきに、いや両想いになりたい、ということだ。

「ラウンジではともかく、普段あなた達そこまで接点ありましたか?学園内で一緒にいるところをあまり見かけませんが」
「私が緊張してあまり話しかけれないっていうか、せいぜい差し入れするくらいで…」
「差し入れとは?」
「たまにマジフト部の練習してる時に差し入れしたり、あとはラウンジでシフト入ってる時とか…」
「要するに物を貢いでいる、と」
「ちょ、そう言うとなんか変な風に聞こえるじゃん」
「実際そうでしょう。今の貴方はいささか地下アイドルに貢いでるファンみたいですよ」

真顔でズバズバいうアズールくんに私のメンタルはどんどん砕け散っていく。正論なのは分かるけど、オブラートとかそういうのに包んでほしかった。

「うっ、、だって、」
「そんなに消極的なのに物は貢げるのが不思議ですね」

ああもう私のメンタルは散り散りだ。アズールくんに相談しなければよかった、そんな気持ちさえ芽生えていく。今、気を緩めたら泣いてしまいそう。

「まあ、ラウンジにこれだけ通って頂いてますしね。その願いこの僕が叶えて差し上げます」
「ほ、ほんと?」
「はい、僕は慈悲深いので。それでは今から僕が言うことに従ってください。じわじわ時間をかけてラギーさんには自覚していただきます」

こうして私はアズールくんという強力な助っ人を迎えて、ラギーくんと両想いになるよう動き始めた。

アズールくんが出した策は随分簡単な事だった。
1ヶ月ラギーくんに差し入れを辞める、そしてラウンジも別の人を指名するか指名無しにする事。
こんなので本当に両思いになれるんだろうか、半信半疑になりつつも来週から実践することにした。

「ああ、それと。これも差し上げます。貴方にはもっと綺麗になって頂かなくては。」


*


気がついたら、ひょこっと現れて差し入れをしてくれる奴がいなくなってた。
オレは部活の朝練を終えてタオルで汗をかいた髪をガシガシと拭く。いつもならこのタイミングで彼女が現れて何かしらを差し入れしてくれる。それが今日はなかった、いや思い返せばここ数回ない。
彼女は最近忙しいのかもしれない。ラウンジだって前みたくほぼ毎日来てない。まあ、明日来るしその時にどうしたか聞けばいいか。そんな事をぼやっと考えながら制服に着替えた。


1限目の授業は魔法史だっけ。
3階の大講義室へ向かうため階段を1段飛ばしでリズム良く登っていく。ちょうど踊り場についた所で大きな窓から中庭が見えた。

(あ、ナマエちゃん。…とジェイドくん?)

久々に見た彼女と、ジェイドくんという珍しい組み合わせに講義室へ向うよりそちらに意識が行った。しばらく観察しているとジェイドくんが何かを取り出して渡しているようだった。
そして彼女はそれを受け取ると嬉しそうに笑ってお辞儀をした。体を起こして再び2人が向かいあったと思ったら、彼女にジェイドくんが覆い被さった。
それは、ここからだとキスしているようにしか見えない。

オレはその光景に目を疑った。
だってナマエちゃんはオレの事が好きだと思っていたから。飽きもせず差し入れを持ってきたり、ラウンジでは毎回オレを指名したんだから誰だってそう思うはずだ。
もしかしたら、彼女の好意に気づいていながら気付かないフリをしていたオレに愛想でも尽かしたのだろうか。

そのまま、じっと2人を見つめていると予鈴が鳴った。それで一気に現実に意識が戻る。
何してんだオレ。他人の逢瀬なんて見たって何ひとつ儲からない。それに別にいいじゃないッスか、ナマエちゃんが誰と何したって。
最近差し入れがなくなった理由も分かったし明日聞く手間が省けた、それでいい。
強引に納得しようとした事で、オレの心の中のもやが余計に濃くなっていく。そして、何となくだけどその正体に気づいてしまう。

気づかなくてよかったのに、と深いため息をついて2人から目を離そうとした瞬間、ジェイドくんがこちらを見た。
オレと目が合うと不敵な笑みを浮かべて口元に人差し指を当てニコッと微笑んだ後、何か言葉を言った。
それがオレにはこう言っているように見えた。

"いいんですか、僕が貰っても"

これは完全にオレを煽っている。
オレ、基本は来るもの拒まず去るもの追わずなんスけどねえ。さっき気がついた感情にまだ名前はつけないでおこう。
まずは獲物を横取りしようとしているウツボの処理からしないと。

「へえ、そういうことっスか。…ぜってえ逃さねえ」

明日のラウンジのアルバイトが楽しみだ。オレはまた階段を1つ飛ばしで登り講義室へ向かった。


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