苺のタルトの行方





告白したのにも関わらず、返事は焦らされるかのようにホリデーを挟んだ。実家に帰省したものの私は年越しすらも上の空だった。
だから、あの夜キッチンでケイト先輩に会ったあの日からもう舞い上がっていた。やっと付き合えて、好きって言ってもらえて。
寮長との事は少し気になってたけど、それすらもどこかに行くくらいには、盲目的だった。


今日はトレイ先輩にタルトを作るを手伝ってもらった。なかなか上手く出来たからトレイ先輩にも褒められ、とってもいい日だ。
ケイト先輩にも食べて貰おうと思ってルンルン気分で寮の廊下を歩いていくと目の前からエースが歩いてきた。

「めっちゃ良い匂いすんなーって思ったらこれか!ナマエが作ったの?めっちゃうまそーじゃん。1個ちょーだい」

鼻をくんくんさせて私のタルトを見るとエースの手がタルトを掴んだ。あっという間に口の中に運ばれていくそれ。

「ちょっと!私エースにあげるなんて言ってないんだけど」
「ん、美味い。んだよ、こんないっぱいあるんだから1つくらい、いーじゃん」
「今からケイト先輩にあげるんだから」

私がそう言うとエースは目をぱちくりさせながらタルトを飲み込んで少し気まずそうな顔をした。

(私なんか変なことでも言ったかな。)

お菓子作りが好きな私は、ケイト先輩に作ったお菓子を持っていくのが習慣になりつつあった。これは付き合ってから私が勝手にし始めたことだ。
寮は同じと言えど学年も部活も違う。少しでもケイト先輩に会う口実が欲しかった。前のように無闇矢鱈に押しかけてもいいのだが。

「あー、うん。いや、言ったほうがいいよなコレ」
「なに?私変なこと言った?」
「いや、ケイト先輩さ。……甘い物全般苦手だったような」

(…なに、それ)

初めて聞いた。エースの放った甘いものが苦手だ、という言葉が私の頭をどんっと鈍い鈍器で叩く。
私は、今までケイト先輩の嫌なものをずっと笑顔で持っていってたのか。何回もお菓子持っていったけど、どれも美味しいって言ってくれていたのに
さっきまでのルンルンは消え去り、気分は沈んでいく。何をしているんだろう。差し入れのつもりのお菓子が、ただ私がケイト先輩に会いたいがためのエゴで、本人には無理させてしまっていたに違いない。

「いや、オレも聞いた話で詳しくは知らないっていうか。トレイ先輩にでも聞いたほうが…」
「ううん、大丈夫。エースありがとう」

引きつる顔を見せないように笑顔をつくる。上手く笑えたかは分からないけど、その場にいたくなくて踵を返した。後ろからエースが何か言ってるけど聞こえないふりをした。
今、考えてみれば私はケイト先輩のこと何も知らない。たまに見せてくれるようになった素の姿が凄い嬉しくて、舞い上がっていた。そもそも何でトレイ先輩も言ってくれなかったんだろう。

(とりあえず、このタルトをどうにかしないと。)

甘いものを苦手だと知った今、浮かれ気分でケイト先輩に渡しに行ける程、私は馬鹿ではなかった。
適当に談話室行って、入ってきた人に配ろうと思い足を向けた。

「おや、ナマエ。そんなにたくさんのタルトを持ってどうしたんだい?」
「寮長…」
「ッ、泣いてッ!?…とりあえずここお座り。このボクが話を聞いてあげるよ」

談話室では寮長がちょうど紅茶を飲みながら本を読んでいた。何故か寮長の顔を見たら安心してボロボロと涙が出た。
突然泣き始めた私にびっくりする寮長はアワアワしながらソファへと座らせてくれた。

「そんなに泣いていたら、目が腫れてしまうよ。何があったんだい?悩みがあるならボクに相談するといい。寮生の悩みを解決するのはボクの務めだからね」

寮長は優しい声でそう言うとティーカップを用意してポットから紅茶を注ぎ私の前に出した。

「タルト作り過ぎちゃったんです。食べてもらえる人いなくて…、」
「こんなに美味しそうなのに?それならボクが頂こうかな。キミの作るお菓子は美味しいからね。トレイに負けず劣らずだ。」

そういって寮長はタルトを持って口に運んだ。美味しそうに食べてくれている顔を見て安心する。

「うん、やっぱり美味しい。ナマエの作るお菓子はお茶請けによく合うね」
「…寮長。ありがとうございます」
「ボクはタルトを食べただけだよ。何もしてない。ほらキミも早く食べないと無くなってしまうよ?」

寮長は既に2個目に手を付けていて、さっきまでの沈んだ気持ちはどこかに行っていた。私の作ったタルトは程よい酸味のいちごとクリームチーズが絶妙で美味しかった。





prev U bookmark U next