不安と嘘のサンドイッチ



「〜〜♩」

最近バズっている曲を鼻歌で歌い、マジカメのアプリを開く。時々広告が挟んであるのが少し億劫だなあ、と思いつつハートのボタンを押す。
歩きスマホしながら寮の廊下を歩いているところを、リドルくん見られたら確実に文句を言われる。それでも懲りずにまたやるのは、リドルくんが少なからずオレにとっては可愛い後輩であるから。

談話室から楽しそうな話し声がオレの耳に入る。声の主はリドルくんと…、おそらくナマエちゃん。
その2人の組み合わせ自体は何も違和感はない。
ライクとラブの違いはあれど、リドルくんもナマエちゃんも好きだ。だけど、この2人が同じ空間にいて楽しく笑い合っている事は、オレの心をざわつかせるには十分だった。

「ナマエはお菓子作るのが好きなのかい?」
「はい!今トレイ先輩に色々教えてもらってて。デコレーションとか凝ったものも作りたいなあ、なんて。…でも、食べてくれる人いなくて」
「そうか、お茶請けにも見栄えは大事だ。また、キミが作ったお菓子を持ってきてくれるかい?丁度、ティータイムに新しいお茶請けが欲しいと思ってたところなんだ」
「ほんとですか!ありがとうございます、寮長」

いつもだったら無理にでも会話に入るのに今日はそれができなかった。それは耳に入ってきた会話がオレにとって信じられないものだったから。


(ナマエちゃん、お菓子作ったらいつも真っ先にオレの所に持ってきてくれるじゃん。)

(ねえ、なんでリドルくんなの?)

(食べてもらえる人いないって何?オレはもう必要ない?)


全身をぐちゃぐちゃに黒いインクで塗られたかのように、どす黒い気持ちが渦まく。
ナマエちゃんはオレがリドルくんといるときは、少しいつもと違うことを何となく分かっている。だけどその理由までは知らないし、それはオレ自身が知られたくない。
それに、リドルくんの事は嫌いじゃない。むしろ好きな部類のほう。色々とあったけど今の立場の方が居心地はいいし、オレは納得もしていた。

だけど、あんな会話を聞いてしまった。ただでさえ、ナマエちゃんとリドルくんが一緒にいるの見ると余裕なくなるのに。

(…オレだって譲れないものとかあったんだよ。)

会話をこれ以上聞きたくなくて、そっとその場から離れた。


*


"ケイト先輩っ、今日のお昼一緒に食べませんか?"
"あー、ごめん。ちょっと実践魔法の課題あって無理かも"

"今日、ケイト先輩の部屋行ってもいいですか?"
"ごめん、今日部活に顔出すから遅くなりそうなんだよね"


あれからナマエちゃんといるのが気まずくなって勝手に距離を取った。いつも二つ返事でOKするオレがお誘いを断るなんて、ね。
断るたびに悲しそうな顔をして帰っていく背中を何回追いかけたいと思ったか。オレだってナマエと一緒にいたい。
だけど、あの日の談話室の会話を思い出すと伸びた手は引っ込んでいく。

確かに甘い物は好きじゃないけどさ。
美味しいってオレが言うと嬉しそうな顔をするナマエちゃんを見てると味なんて気にならなくなる。そのくらい好きなのに。



「ケイト、そのへんにしといたらどうだ?」
「んー、なんのこと?」
「知ってるだろ。ナマエ、最近死んだような顔してるぞ」

(知ってる。そんなのオレが一番知ってるよ。)

オレが断り続けるからいつの間にかお誘いすら無くなった。たまに寮や学園でナマエちゃん見るたびに、悲しそうに下を向いているのをオレは見て見ぬフリだ。

「知ってる。オレがそうさせてるんだもん」
「はあ…。このままだと自然消滅も有り得るぞ?いいのか」
「…やだよ。嫌だけどさ、」

机に突っ伏して窓の外を見つめる。

(あ、ナマエちゃんだ。)

なんでこういう時に限って飛行術の授業してるかなあ。まだ1年生だからフラフラしながら箒に跨るナマエちゃんを見つめる。
ふとナマエちゃんとリドルくんが一緒にいるシーンを思い出して、急に鬱な気分になった。勝手にオレの心に入って来て"本当のオレ"を好きだって言ってくれたのに。

(ホント、ナマエちゃんはズルいよ。)

「やっぱり、オレは頑張っても勝てないのかなあ」

ぼそっと呟いたそれはトレイくんに聞こえたかは分からない。だけど肩をぽん、と叩いたトレイくんは自分の席に帰っていった。






タイトル︰「確かに恋だった」


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