捕まらない猫




「失礼しまーすって、誰もいないか」

つい癖で保健室に入るときに挨拶してしまった。
保健室は基本的に先生はいない。だから今みたいに頭を冷やしたい時にはぴったりだ。
どこか適当なベッドに寝転ぼうと1番奥のベッドのカーテンに手をかけた。

ざっとカーテンを開けると既に先客がいたようで、布団がもっこりと膨らんでいる。
別の所にしようとカーテンを閉めようとしたらヒョコッと布団から何かが出てきた。それはオレもよく見慣れた虎模様の尻尾、頭の部分にはふさふさの大きな耳だった。
その瞬間、ピクッと耳が動く。それをオレは確認するとバサッと布団を捲った。

「きゃっ」
「…やっぱりナマエじゃん。なに?狸寝入り?」
「いきなり布団取ることないでしょ、もう。トラッポラくんが入ってきたから、ちょっと気まずくて寝てることにしようと思ったの。そしたらいきなりカーテン開けて布団とるから…」

そう言いながら、ゆっくりとベッドから起き上がったナマエは耳をしんなりさせた。何だか今日はいつもの威勢は無い。
威勢がない理由なんて、この間の屋上でのアレに決まっている訳で自分で納得して少し落ち込む。

「それはごめん」
「いいよ別に。それよりトラッポラくん怪我でもしたの?」
「いや、ただ一人で考え事しようと思って」
「…それってこないだの事だったりする?」

こないだの事、ナマエから言ってきたそれはもう屋上でのアレの事だろう。何も言わずオレはゆっくりと頷いた。
するとベッドサイドに座った彼女はぽんぽんと隣を叩いた。隣に座っていいってことだけど、オレはおずおずと一人分開けて隣に座った。

「この間は急に怒って出ていってごめん。なんか自分でも分かんなくなっちゃって」
「いやオレの方こそごめん。今思えばアレすげーかっこ悪かったなって」
「確かにめちゃめちゃダサかったよ。いや、トラッポラくんはいつもダサいんだけど」
「なにそれ、めっちゃ傷つくんですけど!」
「ふふふっ。あははははっ!」

いつもの様な掛け合いが始まり、ナマエは思いっきり笑った。するとさっきまでの気まずい雰囲気は消えていく。ナマエがずっと笑っているからオレもふっと笑ってしまう。
数日ぶりにみた彼女の笑顔がとても可愛くて、オレは触れたくなった。そっと手を握ろうと手を伸ばした時、急に彼女が立ち上がった。

「あー、なんかスッキリした!トラッポラくん、ありがとう」
「どーいたしまして?」

突然のお礼に疑問に思いつつ、オレは行き場の無くした左手をそっと太ももにおいてぎゅっと握る。

「じゃあ、私は帰るね」
「え、ちょっ、まっ…」

オレの心情なぞ知らない彼女はそのままスタスタと保健室の入り口に向かう。
ナマエはスッキリしたかもしれないけどオレは全くもって解決できてないから、出て行くのは困る。

「あ、トラッポラくん。星送り当日、18時に大樹の前で待ち合わせね」

ドアを開けて出ていこうとした時、くるっと振り返ってこちらに向かってそう言ってきた。
彼女は言い終わるとすぐに踵を返して保健室から出ていってしまった。

「はあ、なんだよそれ。意味わかんねえよ…」

ナマエがいなくなり、緊張が解けたのかオレはぼふん、と背中をベッドに預けた。
告白事件の事は許されたとか、さっきの笑顔がめちゃくちゃ可愛かったとか、星送りのお誘いOKされたとか、全部が一気に押し寄せて嬉しい気持ちとむず痒い気持ちが錯綜する。
どうしようもない気持ちのまま布団を頭から被った。布団からは彼女の残り香が漂っていてそれがまたオレの心をかき乱した。

「めっちゃいい匂いすんじゃんか」


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