鬼殺隊・隠とは、鬼と鬼殺隊士の戦いの後処理や隠蔽、負傷した剣士の救護を行う部隊である。
隠の後藤は、比較的大きな戦いがあった場所に派遣されることが多い。そしてそこには決まってある女の隊士がいた。
「またアンタですか? 」
「…後藤さん」
階級"乙"のミョウジナマエであった。大抵どの現場にも彼女は必ずいた。そして後藤に気づくといつも疲れた顔にうっすら笑みを浮かべる。
木にもたれかかるように座っていた彼女は、またも足に新しい怪我を負っていた。歩行不可能と判断されたナマエを後藤が背負い蝶屋敷まで走る。
「アンタいい加減にしてくださいよ! だいぶ無理しすぎだ!! 」
「……はい」
ナマエは水柱や蟲柱の継子と少し似て口数が少なく、なにを考えているのかわからないところがあった。後藤にはそんなナマエがどこか放っておけなかった。
「なんでも自分から高度な任務に立候補してるって聞いたんですが」
「あ、はい…」
「探してる鬼でもいるんですか? 」
ナマエはふるふると首を横に振るが、背負われているので後藤には見えないことに気づき、口を開らく。
「…い、いない」
「じゃあなんでそんな無茶してんですか? 」
「それは…」
「俺、前に言いましたよね。あんまり命を粗末にすんじゃねぇって」
ナマエと後藤が初めて会ったときだ。「自分は死んでもいい」と言って他の隊士の救護を優先させようとしたナマエに後藤がキレたのだ。
「怒り足りませんでした? もう一回キレましょうか? 」
「ち、違うっ! 」
「うお、ビックリした! 」
静かな声で話していたナマエが急に大きな声を出したので「なんだよ、でかい声出せるんじゃねぇか! 」と後藤が怒ると、ナマエは小さく謝る。
「で、無茶する理由は? 」
「そ、その…なんというか…」
答えることに躊躇うナマエ。しかし顔は見えないが後藤からの圧がすごい。ナマエは迷ったが、ついにもう一度「なんですか? 」と後藤に問い詰められ、声に出した。
「……後藤さんに会う方法が、わからなくて」
ナマエの消え入りそうな声が辛うじて後藤の耳に届くと、沈黙が流れた。後藤は意味を理解するのに時間がかかった。いや、正確に言えばすぐに理解した。今のナマエの発言から考えると、自分に会いたくて、隠が来るような高度な任務にばかり行っていた、ということになる。
「…えっと、それはつまりどういうことですか? 」
怪我をしてまで会いたい理由など要約すればすぐ一つの結論にたどり着くのだが、果たしてそんな簡単な答えなのか。
すると背負われていたナマエが、後藤にしがみつく力を強めた。
「…それは、察してください」
「はあっ!? 」
後藤には見えないが、自分の肩に埋められたナマエの顔は恐らく真っ赤であろうことまでは容易に想像がついてしまった。
再び流れる沈黙。(いやいやいや! )と頭の中であれこれ考えたり今までのナマエとのことを思い出したりしていた後藤だが、ふと気づく。
「いや馬鹿ですかアンタは!? 」
「え!? 」
「会いますから! 別に大怪我しなくても普通に会えますから! なんで大人しい小娘のくせにそんなぶっ飛んだ発想しかできないんだよ!? 」
会う方法なんて他の隊士にでも隠にでも聞けばよかったのだ。と後藤は思うが、人との会話が不得手なナマエがそうしようにもできない様子がすぐ目に浮かび、彼女の行動に合点がいく。
「…会って、くれるんですか? 」
「まあ、その、アンタが会いたいなら」
後藤は何故だかわからないが、今ナマエはすごく嬉しそうな顔をしている気がした。(いや、なに自惚れてんだよ俺)と後藤は思う。そもそも変に気を持たせてどうするんだ、とも思う。しかしまあ、自分に会うために色々と考えていたナマエを不覚にもいじらしいと感じてしまった。
「だからもうそんな怪我しないでくださいよ! 」
ナマエは後藤から見えもしないのに、大きく頷く。そして「返事は! 」と怒鳴られるのだ。
これしか思いつかなかったから
(世話が焼けて仕方ない…)
2019/12/13