恋はここにあります






「あ、ナマエさぁん! 」
「我妻君」


我妻善逸。最近ナマエが救護した隊士である。彼は蝶屋敷で会う度、ナマエに締まりのない顔で話かけてきていた。


「調子はどうですか? 」
「はい! お陰様でだいぶ良くなってきました!! 」
「それはよかった」


最初こそ善逸の人懐っこい態度に戸惑っていたが、慣れてしまえば可愛く思えてくる。


「ナマエさんに撫でてもらえれば、もっと良くなると思うんですけどね! 」


満面の笑みをナマエに浮かべる善逸。果たしてこれは純真なのか下心なのか。「えーっと…」と、ナマエは撫でるか否か迷う。
そこに、後藤が通りかかった。


「おうミョウジ」
「あ、後藤さん」
「今から宿舎戻るとこなんだが一緒に行くか? 」
「は、はい! 」


目に見えて落ち込む善逸。そんな彼が少しかわいそうに思えたナマエは「じゃあ療養がんばってくださいね」と、彼の金髪を軽く撫でた。
顔を真っ赤にして(さらには奇声も上げながら)喜ぶ善逸に、ナマエは苦笑いしながら手を振った。
蝶屋敷から出ると、後藤が少しぶっきらぼうな口調で話を切り出す。


「あんまり年頃の男を勘違いさせてやるなよ」
「え、何がです? 」
「いやだからよ、こう、さっきみたく頭撫でたりとか良くねえぞ」
「後藤さんもたまにするじゃないですか」


ナマエが落ち込んだ時、喜んだ時、後藤は確かに彼女の頭を撫でることが多かった。しかし「俺のは違う」と言う後藤。それに対して「何が違うんですか? 」とナマエは聞く。


「俺とミョウジはただの先輩後輩だろ? でもあの金髪とお前は剣士と隠だし、少なからず向こうは異性として好意を抱いてるってことだ」


ズキリ、とナマエの胸が痛む。確かにナマエと後藤の間にはそういった空気感はなかったし、後藤が自分をそういう目で見ていないことも知っていたが、こうして言葉にされたことは初めてだった。
後藤は察しが悪いわけではないが、何せ自分の色事に関しては無頓着な男である。無論ナマエの気持ちなど知るわけがない。もし、ナマエが言ってしまえばどうなるのだろうか。何か変わるのだろうか。


「じ、じゃあ! …後藤さんも同じじゃないですか」


遠回しすぎただろうか。だがこれがナマエにとっての精一杯だった。
ふと、隣を歩いていた後藤が足を止めた。ナマエが「後藤さん…? 」と名前を呼びながら振り返る。
直立不動の後藤。いったいどのような感情なのか。ナマエの言葉の意味は理解しているのか。布で両目以外を覆われた顔からは読み取ることができない。


「…………ちょっと、時間くれ」


後藤は一言だけ残し、ナマエを置いてどこかへ行ってしまった。嗚呼やってしまった、とナマエは道端にしゃがみ込む。しかし、後悔しても時間は戻らない。二人の関係も、巻き戻すことはできないだろう。