おぶうことしかしてやれぬ





昨夜戦地の後処理に向かったナマエは空が白み始めた頃、血相を変えた後藤に背負われ蝶屋敷に連れてこられた。意識を失ったナマエ。他の鬼の頸が落ちるまで身を潜めていた鬼と戦ったという。その場にいた後藤や他の隊員を助けようと、気絶していた隊士の日輪刀を抜き、鬼を相手にしたのだ。


「…後藤さん」
「おう炭治郎」


病室で点滴に繋がれたナマエは二日経った今もまだ目を覚さなかった。


「寝ないんですか? 」
「ああ、俺は大丈夫だ」


任務以外はナマエに付きっきりの後藤。炭治郎から見れば明らかに疲労困憊しているのだが、その意思は堅いようで、無理に休めと言うわけにもいかない。
炭治郎は椅子を動かして後藤の隣に座る。


「本当にすみません。俺がもっと早く駆けつけていればミョウジさん、こんな大怪我せずに済んだのに…」
「お前が責任感じることじゃねぇよ」


炭治郎が来なければ、あのまま全滅していただろう。あの時、自分は何もできなかったと後藤は思う。
戦闘不能の隊士が三人。鬼に対抗できる者はナマエだけだった。隊士たちを守るために後藤も刀を抜いたが、一度たりとも鬼に近づくことさえできなかった。目の前でナマエが吹き飛ばされた時は、もう駄目だと思った。
(情けねぇにも程があるわ…)と、後藤は自嘲した。先輩としても、男としても。


「…後藤さんもあまり自分を責めないでくださいね」
「ありがとな」


その二日後、任務から後藤が帰ってくるとすぐに蝶屋敷へ向かった。ちょうど街で直してもらったナマエの眼鏡と土産のシベリアも持って。するとナマエの病室から声がする。急いでドアを開けると、ナマエは目を覚ましていて、炭治郎と談笑しているところだった。


「…ミョウジ」
「後藤さん! 」


彼女が起きた安堵と共に、後藤は酷く疎外感を感じた。ミョウジの隣に自分は相応しくないと思った。炭治郎は後藤の複雑な思いを察し、「じゃあ俺はちょっと失礼します! 」と部屋を出て行った。


「いつ目覚めたんだ」
「昨日です」
「そうか」


後藤には何の根拠もなかったが、自分がいるときに起きるのではないかと心の何処かで思っていた。しかし実際はそんな都合のいいことはなかった。


「…ずっと、側にいてくれたと聞きました」
「…ああ」
「心配お掛けしました」
「本当だよ。お前はいつも無茶ばっかして」
「すみません」
「目覚めてよかった」


ナマエの頭を撫でようとして、その手を止めた。「…撫でて、くれないんですか? 」と、少し寂しそうにおずおずと聞いてくるナマエ。


「この間、こういうの良くないって自分で言ったなと思って」


勘違いさせてやるな。善逸の頭を撫でたナマエに後藤は言った。そして後藤は今、ナマエを撫でるのをやめた。それはつまり、勘違いさせたくないということなのだろうか。自分にその気はないということなのだろうか、とナマエは思わざるを得なかった。


「……後藤さんは、私のことどう思ってますか」
「どうって」
「私は後藤さんのことが好きです」


後藤が目を見開く。ナマエがはっきりと後藤へ思いを告げるのはこれが初めてであった。


「ただの後輩ですか」
「今は、違う。と、思う」


じゃあどうして。これ以上は言葉にできず、ナマエは口を一文字に結んで目で訴えかけた。


「今回の件ではっきり思い知らされたんだよ。俺じゃミョウジのことを守ってやれない」


何も言わないナマエに後藤は「じゃあ、ちょっと宿舎戻るわ」と声をかけて、新聞紙に包まれたシベリアと彼女の眼鏡をベッド脇に置き立ち上がった。
後藤がドアノブに手をかけた時、ナマエがようやく口を開いた。


「逃げるんですか」


後藤の背中に言葉をぶつける。


「そうやってもっともらしい理由つけて。そういうの、一番傷つきます」


無言で後藤は部屋を後にした。逃げるんですか。ナマエの言葉がずっと後藤の頭の中で響く。彼女は今泣いているだろうか。強いように見えるけど繊細な子だから。後藤は傷つけたのは自分であると知りながらも、ナマエの側にいるのは自分でありたいと思う気持ちに気づく。逃げるのか。と、今度は自分の声がした。