「なまえどこか行きたいところはないのか」

夕飯後のまったりタイム。悠仁はお風呂に行ってしまったので、宿儺と二人きりの時間が流れるリビングで、いつもはだんまりを貫いている宿儺が口を開いた。明日当たる予定の英語を勉強していた手を止めて、ソファの上でテレビを見ている宿儺の方を振り返った。


「宿儺と二人で?」
「嫌か?」
「いやいやいやいや、嫌ではないよ!」
「どっちかわからん物言いをするな」
「行きたい…」


宿儺と最後に二人で出かけたのはいつだろう。中学生の頃だったような気がする。それも、宿儺が出かけるのに私がくっついていっただけだった。なにがどうなってこうなったのか、ちょっと怖いような気もするけれど、これを逃したら宿儺はきっと一生私を誘ってくれないような気がする。それを置いておいても、宿儺とお出かけしたい。


「どこ連れてってくれるの?遊園地?水族館?」
「人が多いところは好かん」
「え〜ならどこ行く?」
「他に行きたいところはないのか」
「宿儺は?どこかないの?」
「……なまえと出かけるのが目的だからどこでもいい」
「なにそれなにそれ。嬉しい。それならさ、やっぱりネズミーとか行きたい!」
「もういい。黙れ」


せっかく宿儺とお出かけするなら特別な思い出が欲しいと思うのは、私の我儘なのだろうか。宿儺の気まぐれの意図が読めなくて、私は口を紡ぐ。これ以上おしゃべりを続けたら、宿儺が「やめた」と言いかねない。それだけは避けたかった。本当なら悠仁と宿儺と私と三人で出かけたい。学校行事じゃないことで宿儺と出かけたい。


「どこなら行ってくれるの?」
「クレープとか映画とか悠仁と行っているだろう」
「あ〜行ってる!」
「それを俺が行ってやると言っている」
「え?本当に宿儺どうしたの?熱ある?」


ダルそうにソファに身を委ねている宿儺のおでこに手のひらを乗せる。熱でもあるのかと思っていたけれど、私の手のひらより宿儺の体温は低かった。変なものでもたべたのかな?って思ったけど、置いた手のひらの舌の眉間に皺が不機嫌を現わしていたので、これ以上の言葉を口にできなかった。


「決められぬのならもういい」
「決める、決めるから」
「さっさと言え」
「う、海?」
「海なら行ってやってもいい」


海なら今はオフシーズン。つまり、サーファーしかいないはず。それを念頭に置いて話したら、宿儺も納得してくれた。この方向性でよかったんだって安心してしまった。


「宿儺、」
「なんだ」
「海の近くに水族館あるんだけど」
「それは行かん」
「ですよね〜」

もう黙れ、と言葉を口にした宿儺が私の顎に手を掛けた。先日のアレから学習した私はちゅーされると思ったタイミングで両手で口を覆う。宿儺はまた少し不機嫌そうに舌打ちをしたけれど、彼氏じゃないのに何度もキスするのは違うと思った。


「いつにする?土日は?」と言葉を口にするために口を開く。瞬間、頭の後ろに手を添えられ宿儺の唇が降ってくる。くっついたと思ったら、すぐに離れた。この程度か、と思っていたら、もう一度唇が重なった。閉じている唇を宿儺の舌先が割り開く。ぬるりと舌が入り込んで歯列をなぞる。ドンドン、と拒否の気持ちを示すように宿儺の胸をぐーで叩いた。そんなことお構いなしに、舌先を吸い上げられぬるりとした感触が咥内を漂う。



「…悠仁ッ」
「俺と居るのに他の男の名を口にするな」


ようやく解放された唇が形作ったのは、宿儺ではない人物の名前だった。矜持が傷ついたのか、宿儺はもう一度私との距離を詰めようとする。それを足を使って拒否をしながら悠仁が戻ってくるのを待った。

最近の宿儺はなにかおかしい。その理由が分からない私は、ただただ距離を取るしかなくて少しずつ後ずさりながら悠仁がお風呂から戻ってくるのを待つしかなかった。