「なまえさんってもったいないよね」

今日は日直で、次の授業で使う資料を運ぶために社会化準備室へ赴いた帰り道、もう一人の日直が変なことを口走った。「もったいない」の言葉の意味を咀嚼できないでいると、ケラケラとクラスメイトは笑いだす。


「だってさ、虎杖くんと一緒に居るせいで周りから煙たがられてるじゃん?」
「そうなのかなぁ」
「そうだよ、いくら幼馴染って言っても距離近すぎると思うけど」
「うーん、でも一緒に居て楽しいし」
「それって自分がそう思い込んでるだけじゃなくて?」
「そんなことない、と思う」
「ふーん、それならそれでいいけど。俺はもっとなまえさんと仲良くしたいって思ってるよ?」
「……ありがとう?」
「どういたしまして」


結局、彼が何を言いたいのか分からないまま教室へ到着してしまった。頭の中に「距離が近すぎる」という否定の言葉だけが残る。そんな呪いの言葉を吐き捨てられた後で、まっすぐ宿儺の元に行くのは気が引けた。高校生の幼馴染との適度な距離ってどのくらいなんだろう。どうせならそこまで教えて欲しかった。

自分の机に戻って、次の授業の準備をする。用もないのに教科書なんか開いたりして。いつも宿儺と居ることが多いせいか、一人になると手持無沙汰になる。こういう時、みんなどうしてるんだろう。私は一人で寂しくなると、いつもすぐに悠仁や宿儺のところに行っちゃうから。もしかしたら、それも本当は二人にとって迷惑なことなのかもしれない。邪魔なのかもしれない。


ふいに宿儺と目が合った。自分が考えていることを見透かされそうで、すぐに目を逸らした。宿儺の目は好きだけど、苦手だ。心が読まれているような気がしてしまう。誤魔化すために覗き込んだ教科書の中身は全く頭の中に入ってこなかった。もう、帰っちゃおうかな。


「おい、なまえ」

あぁ、やっぱり目を逸らしたことはバレてた、と思った。私の席の近くに宿儺が立っている。声からして不機嫌だ。「来い」と言われて手を引かれる。「もうすぐ授業始まる」と拒んでも、私の言葉は宿儺には届かない。そのまま腕を引かれて、屋上の入口まで連れていかれた。


「なまえ、何を考えている?」
「別に、なにも」
「態度が悪いのには理由があるだろう?」
「……ない」
「こっちへ来い」


三段程度の小さな階段に腰を下ろした宿儺は、両手を拡げて私を待つ。いつもであれば、迷わずその腕の中に飛び込んで行って泣き言を言っていた。けれど今日は、「なまえさんってもったいないよね」といったクラスメイトの言葉が脳に響いた。いつまでも普段のように行動しない私に業を煮やした宿儺は、「もうよい」と言って少し腰を浮かして私の腕を引いた。倒れこまないように踏ん張った。それが不服な宿儺はもう片方の腕にも手を伸ばし、両手で私を引っ張った。



「大人しく初めからそうしていればよかろうに」

重力に従って宿儺の腕の中に落ち着いた私を、宿儺が抱きしめる。この場所が落ち着くことが悔しい。抗えないことが悔しい。見えている問題を見ないように目を閉じた。視界を遮った私に残るのは、嗅覚と触覚と味覚と聴力。脳は未だにクラスメイトの言葉を反芻しているけど、考えることは諦めた。


「私が近くに居ることは、宿儺にデメリットしかないよ?」
「損か得かなどと考えたことなどない」
「……うん」
「お前はただ俺の側にいればよい。余計なことなど考えずに、な」

鼻から息を深く吸って、口から浅く吐いた。宿儺の香りが鼻腔をくすぐった。耳元で宿儺が私の名前を呼ぶ。もう少し、私は宿儺の近くに居ても許される?もし、この選択が間違っていたとしても、後悔はしないから。