今日は宿儺がバイトで不在。
たまには、と悠仁とカラオケに行って、二人で三時間歌い続けた帰り道。興奮冷めやらぬ私とは対称に、悠仁は明日の朝ごはんのことを考えていた。「スーパー寄っていい?」と聞かれて、「もちろん」と返す。私がカートを押して、悠仁が食材を放り込むのが私たちのお約束。そうじゃないと、私がうろうろしてしまって、まるで迷子のように悠仁に探されることになるからだ。これっていつからこうなったんだろう。よく覚えてないけど、気づいた時にはもう私がカートを押していたような気がする。



「明日の朝ごはんなにー?」
「んー、明日はゆっくり寝たいからパンかな」
「私も悠仁のご飯食べたいなぁ」
「食べに来ればいいじゃん」
「いいの?」
「あったりまえ!なまえはなにがいい?」
「……フレンチトースト」
「作れっかな」


私の要望を聞いて、悠仁は却下することなく、スマホでフレンチトーストの作り方を検索してくれる。どうしても食べたいってわけじゃないし、悠仁や宿儺と一緒に食べられるなら普通に焼いただけのパンでも全然良かった。けど、私のために検索までしてくれている悠仁にはそれを言い出しにくくて、ドキドキしながらスマホを操作する姿を見守った。


「ん、これなら作れそう」
「ほんと?いいの?」
「なんで?食べたいんしょ?」
「食べたいけど」
「遠慮すんなって。このくらいでなまえが喜んでくれるなら全然作るよ」


ぽん、と私の頭を優しく叩く悠仁。お兄ちゃんみたいでお父さんみたいで、彼氏みたいで家族みたいで、悠仁に頭を撫でられるのは正直嬉しかったりする。悠仁本人は、きっとネコや犬を愛でるのと同じ感覚なんだろうけど。


「他には?なんかない?」
「あ、あのね、悠仁」
「ん?」
「明日土曜日だし、映画一緒に見たい。家に一人で居たくないから」
「いいよ!ならポテチとコーラだな!」

ポケットにスマホをしまい込んで悠仁が歩き出す。その広くて大きい背中に私も付いていく。一つくらい「ダメ」って言ってもいいのに。悠仁は私に甘いなぁ。なんでこんなに甘いんだろう。なんでこんなに優しいんだろう。こっそりチョコをカゴの中に放り込んだ。振り返った悠仁が「チョコ?俺も食いたかった」って笑う。



「お母さん…」
「へ?なに?なまえ」
「テレビでよく見るお母さんみたいなんだよ、悠仁」
「なんだよそれ〜」
「だって、私普通のお母さん知らないし」
「けど、俺はなまえのお母さんじゃないよ」


ふいに悠仁がちょっと真顔になって、ぎゅんって心臓が掴まれたような気持ちになった。しばらく二人とも無言になって、カートのカラカラって不自然な音だけが二人を包んだ。悠仁が正しい。間違ってるのは、私。なのに、悠仁に告げるべき言葉が選べない。


「なまえ」
「は、はい」
「俺も宿儺もなまえと一緒に居てやることは出来るけど、なまえの今の家族は俺たちじゃないよ」
「うん、ごめんなさい」

カラカラと鳴るカートの音と、スーパーの店内放送の音が空しく響く。悠仁がどこか遠くに行ってしまいそうで、服の裾をぎゅうっと握った。すぐに私の方を振り返った悠仁が「朝までオールで映画見よっか」と微笑む。私はあと何度の笑顔に救われるんだろう。
願いが叶うのならば、終わりなんか来ないで欲しい。そう願わずにはいられない、金曜の夜だった。