悠仁のパーカーを借りてご機嫌で教室に戻った。
ゆっくりしていたせいか、もうすぐ休み時間が終わってしまいそうだったので、急いで席に戻って次の授業の準備をしようとした。が、後ろからパーカーのフード部分を引っ張られて「うえ」と変な声が出てしまう。せっかくのご機嫌タイムが台無しだ。



「宿儺苦しい」
「なぜ悠仁のパーカーを着ている」
「寒かったから借りた」

元から悪い人相が更に悪くなるほど眉間に皺を寄せた宿儺は、強い目で私を睨んでいた。引っ張られたままのフードは、さっきまでよりは優しい強さになっているけど、それでも喉に掛かって苦しいままだ。


「脱げ」
「はい?」
「だから脱げ」
「や、やだ」
「脱がされたいのか」
「……なんで脱がないといけないの?」


今度は私が宿儺を睨む番だった。やっと温もりにありつけたのに、どうして自らそれを放棄しなければいけないのか。今日はまだ5時間も授業が残っているのに。

やれやれといった様子でため息を吐いた宿儺は、自分が着ていたセーターを脱ぎ始める。何事か、と私を始めクラスのみんなの視線が集中する。脱ぎ終わったセーターは、私の頭の上に投げられた。いやいや、状況説明してくださいよ。生まれた時から一緒に居たとはいえ、その全てを理解できるわけないじゃん。宿儺の双子の相手は私じゃなくて、悠仁なんだから。


「脱げ」
「そのやり取りさっきもやった」
「いいから脱げ。で、それ着ておけ」
「あーなるほど、そういうこと」
「分かったならさっさと脱げ。そのパーカーは俺が着る」


こうなった宿儺は頑固だ。私も頑固だけど、その上をいく頑固だ。悠仁も頑固だけど、私よりも悠仁よりも頑固なのが宿儺だ。けど、私にだって矜持がある。さっき悠仁にブラ透けたって怒られたばっかりだし、悠仁から借りたものを他人にホイホイ渡すわけにもいかない。



「脱がぬなら破く」
「分かった!分かったから」


力技はずるい。そう思ったけれど、今は宿儺の機嫌を直すことが一番だ。ブレザーを脱いで椅子の背もたれ部分に掛ける。次にパーカーを脱ごう、というところで、自分たちが教室の注目の的になっていることを思い出した。今ここでパーカーを脱ぐという行為は、間接的にブラをクラスメイトに見せることになるのでは?と戸惑ってしまう。


「ここで脱がなきゃダメ?」
「今すぐ脱げと俺が言っているのがわからんか?」
「さっき悠仁にブラ透けてるって言われたから」


宿儺が片手で頭を押さえて、再び深く息を吐いた。そして、私たちを取り囲む周囲の人をぐるりと睨みつけた。見るな、という牽制らしい。宿儺を怒らせるとどうなるか分かっているクラスメイトは、途端に私たちから視線を逸らした。その隙にそそくさと私は悠仁のパーカーから宿儺のセーターへと着替える。誰にも見られてませんようにと願いながら。

一方の宿儺は、私がセーターを着たのを確認すると、悠仁のパーカーを着る。鮮やかな色のパーカーはちょっと違和感を感じた。宿儺はいつも暗めの色か白しか着ないから。


「悠仁の服着てるとやっぱり悠仁と似てるね」
「同じかどうか先刻の朝のように試してやろうか?」

先刻の朝、と言われ、この前のキスが、微かに香る宿儺の香りも手伝って途端に脳裏に蘇る。「そんなのずるい」と吐き捨てる。大きいセーターは抱きしめられているようだ。


「今日一日、俺のことだけ考えて過ごせ」

宿儺がそう言い残して自分の席に戻っていった。こんなの首輪と変わらないじゃない。火照る身体を手のひらで仰ぎながら私も席に座る。明日からは寒いときはジャージを着よう。それで宿儺に嫌味を言われた方がきっとマシだ。