愛を形で示してよ

自分が好意を抱いている相手に「好き」だということを伝えて、相手も「好き」だということが分かったら大抵がそれで「付き合う」と判断すると思う。けれど、自分の目の前に居る七海さんは、どうなのだろう。好きだと伝えて一ヶ月。好きと伝える前と変わらない現状に私は頭を抱えていた。


「七海さんごちそうさまでした!」
「いえ、このくらい当然です」
「このあとどうしますか?」
「明日もあるので帰りましょう」


私が頭を抱えている原因は目の前のこの人、七海さん。私が七海さんに「好き」と伝える前から私と七海さんの仲は良かった。先輩と後輩という関係性を抜きにしても、二人きりでご飯食べに行ったり、私だけ「なまえ」って名前で呼んで貰えてたり、夜中に電話しても疲れてそうな声でも必ず電話に出てくれたり。きっと七海さんも私のことが好き、そう確信があったから告白した。二人でご飯を食べに行った帰りに、「好きです」って言った。それに七海さんが「私もです」っ言ってくれた。

付き合ってる、そう思ってるのは私だけかもしれない。そう考え始めたのは告白してちょうど1週間目のこと。一緒にご飯食べた帰り道、付き合い始めて初めてのデートだったし、離れがたいと思ってた私に七海さんが言ったのはあっさりとした「ではまた明日」の言葉だった。最初は「ん?」と思ったものの、次の日も仕事だからと自分自身を納得させた。なのに次のデートの時も七海さんは「もう遅いので」と言ってあっさりと私をタクシーに送り込んだ。

つまり、告白する前とした後で何も関係性が変わってない。それを確信するまでに一ヶ月も経ってしまった。今更「私たち付き合ってますよね?」なんて問いかけは出来ない。だからと言ってもし付き合ってないと七海さんが思ってたらと考えたら「今日帰りたくない」とか「もっと一緒に居たい」なんて言葉を言うことも躊躇ってしまって。結局、今日も流れ解散。別々のタクシーに乗り込んで別々の場所へ帰る。


はっきりさせたい。
それは至極当然の考えだった。一歩踏み出すのが怖いなんていつまでも言ってられない。七海さんはかっこいいし、気配り上手だし、それになにより優しい。その優しさは万人に向けられるから、大抵の女性はきっと勘違いするだろう。そんな風に芽生えてしまう小さな恋の芽を、私は摘みたいんだ。だから今日こそ聞こうと思う。「私たち付き合ってるんですよね?」と。


「帰りましょう」の言葉通り、七海さんは大通りに向かう。立ち止まって「七海さん!」と声を掛けて呼び止める。振り返った七海さんが「どうかしましたか?」と言う声が優しくて、もうこのままの関係でもいいんじゃないかって決意が揺らぎそうになる。でも、私は七海さんと一歩、踏み出したい。


「きょ、今日はまだ帰りたくないです」
「ではカフェにでも行きましょうか?」
「えっと、そうじゃなくて、そうじゃないんです。聞いてもらえますか?」
「はい」
「私、七海さんと二人きりでもっといちゃつきたいんです」
「………」
「変なこと言ってすみません」
「いえ」

少し考え込むような表情をした七海さんが目元に手をやって、独特な形をした眼鏡の位置を直す。ドキドキしながら七海さんの次の反応を待った。時間が経つのがとてもゆっくりに感じる。何を言われるのか分からなくて、怖い。


「なまえさん」
「はい…!」
「自分が言ったことの意味をちゃんと理解していますか」
「も、もちろんです」
「それなら発言の責任を取ってもらいます」
「責任、とは?」
「あなたが望むのなら私はもう我慢しないということです」


そう言って私の手を取った七海さんは、大通りまで歩き出す。右手を上げて止まったタクシーに一緒に乗り込む。私が七海さんの言葉の意味を知るまであと数十分。幸せを嚙みしめるまであと数時間。


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