盆の上で砂糖を三度研ぐ

――幼馴染。
端的に言って、家族以外で一番近くに居る他人という認識。
だから、思春期になったら当然のように距離が離れるだろうし、会話も減るのが自然だと思う。けど、私と直哉はそれに当てはまらなかった。犬猿の仲でありながらも付かず離れずで中学も高専時代も一緒に過ごした。そして、高専を卒業した今も呪術師として一緒に任務にあたっている。

直哉と私が付き合いだしたのは、高専の卒業がきっかけだった。今だから言えるけど、きっとずっときっかけさえあれば簡単に恋人になれたのだろうと思う。卒業を前に「これで直哉との腐れ縁も終わりだね」と言った私に「勝手に終わらせんなや」と言われて、私は直哉の彼女になった。

そして、卒業から二年たった今も私たちの関係は続いている。


▽▽▽


夕方、急に降り出した雨に帰るのを躊躇する午後6時、今日は一日天気がいいでしょうというお天気お姉さんの言葉を信じていた私は途方に暮れていた。ゲリラ雷雨的な雨ならばしばらく待てば雨は止むだろう。待つか、走って帰るか。


「なにしとるんや、なまえ」
「あ、直哉いいところに!傘持ってない?」
「持ってるで。あぁ、なんやなまえ傘ないんか?」
「…うん」
「しゃないな、一緒に入れたるわ」


パっと音を立てて開かれた傘。その中に直哉が入って、私を招き入れる。男物の大きめの傘とはいえ、二人で入るにはやっぱり小さい。それは私たちの間に微妙な距離があるから。だってここはまだ高専の結界の中で、つまり知り合いがたくさんいる。私たちが付き合っていることは秘密にしているわけじゃないけど、誰かに二人で居るところを見られるのはちょっとやっぱりいつまでたってもくすぐったくなるから。


「なまえもっとこっち来いや」
「…無理」
「そんなに離れとったら傘の意味ないやろ?」
「そうだけど」
「つべこべ言わんでええねん」

いつまでももだもだしている私の腰に手を掛けて、直哉が自分のほうに引き寄せる。雨が当たってしまって少し冷えた身体が一気に熱を帯びたように熱くなるのを感じた。見上げればいつもより近い位置に直哉の顔がある。いつもより近い場所から直哉の声が聞こえる。あぁ、私こんなにも直哉のこと好きなんだなって再確認するには余りあるほどの感情が今にも内から噴き出してしまいそうなほど泉のように湧き出てくる。


「直哉は私のどこが好き?」
「なんや、急に」
「たまにはいいでしょ?」
「好きなとこなんて顔しかないやろ」
「私も直哉の顔好きだよ、あと素直じゃないところも」
「あっそ」
「顔だけが良かった?」
「俺の全部が好きやって知ってるから別にどうでもええわ」
「ば、バカ…!」


さっきまで強く叩きつけるように降っていた雨はいつの間にかその強さを弱めていた。私は直哉の右半身が私よりずっと濡れていることに気づいて、いつか同級生が言っていた言葉を思い出して、口元が緩んでしまった。「相合傘は濡れている方が惚れてるんだって」という言葉を。直哉はあまのじゃくで分かりにくいけど、こういう愛情表現は直哉らしくて好きだなって思ってしまった。


「直哉、どこまで行くの?」
「さぁ、どこやろなぁ」
「なら私の家来る?傘のお礼させて?」
「うまい飯作れよ?」
「それは保証できかねる」
「なんでやねん」

ふふ、と笑う私の隣にいつもより柔らかい表情の直哉が立っている。大好きだよ、これからもずっと。きっと今日より明日の直哉を私はもっと好きになる。

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