誰がための箱庭

「秋の京都きれいだから、なまえも一緒に来てよ」

そう言われて当主の仕事で京都に行くという悟と一緒に新幹線に乗り込んだ。禪院家の庭は綺麗に手入れされていて、家柄の大きさが伺える。そんな中忙しなく歩き回っているのは女性ばかりで、未だにこの場所は男尊女卑が存在するのだなと一刻も早くこの場所から立ち去りたくなった。美味しいものや美しいものはここじゃない場所にも存在する。安易に悟と一緒に来なければよかったと思ってしまった。


所在なさげに池の周りを歩いていると「落としものやで」と不意に後ろから声を掛けられた。落とすようなものに心当たりがなかったので、振り返ることもしなかった。すると、今度はトントンと右肩を叩かれた。


「直哉くん」
「久しぶりやなぁ、なまえちゃん」
「普通に声掛けてくれればよかったのに」
「そんなんおもろないやん」


何を取っておもしろいかおもしろくないかを判断しているのかイマイチ分からなかった。ただ、一対一ならこうして普通に話せるのになぁ。誰か居るとどうして高圧的な態度取るんだろう、直哉くん。


「こっちおるん珍しいな?」
「まぁね。ちょっと野暮用」
「ふーん、時間あるんやったら飯でも行かへん?」


手元の鯉の餌を池に投げながら、直哉くんが私に笑顔を向ける。一緒にご飯、私は美味しいものが食べられるのならそれでいいけど、悟は嫌がるだろうなぁ。そう考えたら、今より少し若い悟が脳内に浮かんできて、苦虫を潰したような顔をした。直哉くんと悟が一緒に居るのを見たのが一度だけなので、その印象が強く残っているせいだと思う。


「なまえ、なまえどこ〜?」

噂をしたらなんとやら。遠くから私を呼ぶ悟の声が聞こえて来た。直哉くんも当然、悟の声に気づいて「なんや悟くんもおったんか」と少し表情を歪め、再び鯉に餌をあげ始めた。着物の裾を気にする様子もなく、私の元へ早足で来た悟は、私の腰に手を抱いて「いたけど〜?」とまるで煽るような言葉を投げかける。


「別に悪いとか言うてないんやけど?」
「ふ〜ん」
「まぁ、なまえちゃんのこと飯には誘ったけど」
「は?ふざけんな」

恋人でもないのにいつまでも腰を抱かれていて、理由はわからないけど直哉くんのことを煽るという理解不能な行動をとる悟に多少の苛立ちを覚えて、腰に置かれた手を叩いてしまった。第三者が居ると言動が変わってしまう二人のことを、私は一生理解できそうもない。そんなどこにもやりようのないフラストレーションを抱えていると、「悟くんのことも袖にするなんて、なまえちゃんは顔だけやのうて性格もべっぴんさんやなぁ」と直哉くんがククッと笑った。


「そこ笑うとこじゃないから」
「せやかておもろいんやもん」
「なまえ〜そいつのこと放っといてご飯行こう〜」
「あ、ほんなら俺も行くわ」
「誘ってないから」
「なまえちゃんええやろ?」
「私は別にいいけど」
「今の時期なら鱧やなぁ」
「ちょっと、僕いいって言ってないよ」


持っていた餌を袋をひっくり返して全部池の中に放り込んだ直哉くんは、立ち上がってニコニコとした笑顔を私たちに向ける。不機嫌を顔に浮かべた悟だけど、私はおいしい鱧が食べられることが嬉しくてしょうがない。だって、美味しい食べ物は正義だよ。


「もう二人で予約してあるから」
「どこ?どうせ悟くん個室予約しとるんやろ?一人ぐらい増えたところで問題ないやん」
「は〜〜〜?そろそろうざいんだけど?」


あ、これダメなヤツだ。悟の素が垣間見えた瞬間、私の本能がそう察知した。だから、「直哉くん、ご飯また今度にしよう!」と言って正面玄関に向かって歩き出した。私の隣を歩く悟から、舌打ちが聞こえると思ったら、背後からも舌打ちが聞こえてくる。微妙なところで気はあうんだなぁ。


「悟、怒ってる?」
「べっつにー」
「別にって顔してないよ?」
「なまえのこと京都に連れてこなきゃよかったってちょっと後悔してるところ」
「えー?なんで?」
「それは自分で考えてよ」


少しだけ寂しそうに悟が笑う。理由は分からないけど、ぽんぽんと悟の頭を撫でて「大丈夫だよ」と声を掛けた。どう抗ったって、私にとって直哉くん<悟なんだから。そこを不安に思う必要はないんだよ、の気持ちを込めて。


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