噴水と月と水たまりと星と


「ななみしゃん!」
「はい」
「タコがたべたいです」
「さっき食べてましたよ」
「まだ食べたいのです」
「わかりました、明日にしましょう」
「違う〜〜いま〜〜」


少し意地悪をしてしまって、そのお詫びにとイタリアンになまえさんを連れ出した。いつもよりもアルコールを飲む速度が速かった。が、私が気付いた時にはもう遅かったようで、「帰る前にトイレ行きます」と言って立ち上がったなまえさんの足取りはふらついていた。なまえさんの限界を見誤っていた。経験値不足、それが敗因だった。なまえさんとの距離が近づいて、仲良くなった。そのせいで驕っていた。

トイレから戻ってきたなまえさんの腰を抱えて大通りを目指す。「タクシー乗れますか?」と聞けば、「少し歩きたい」なんて答えが返ってくる。そういえば、少し歩いたところに公園があったことを思い出して、そこへ向かって歩き出す。


「ナナミン〜」
「なんですか?」
「ナナミンってかっこいいんだね」
「相対評価は自分ではわからないですが」
「私も私の夫かっこいいだろ〜って思っちゃった」
「それは喜んでいいんでしょうか?」
「わたしが〜喜んでるから〜ナナミンはダメ!」
「理不尽ですね」


普段、理不尽なことは苦手なはずで、だからこそ五条さんにも極力関わらないようにしてるというのに、なまえさんの理不尽はなぜかかわいいと思えた。めんどくさい気持ちがゼロではない。心という感情のコップがあるとしたら、ぽたりぽたりと一滴ずつそのコップになまえさんへの感情が溜まっていくのを感じていた。


「なまえさん、失礼します」

ゆっくり歩くことがまどろっしくて、なまえさんを両手に抱えた。急に重力から解放されたなまえさんは必然的に私にしがみつく。そして急に酔いが醒めたように「七海さん!降ろして!」と暴れ始めた。どうしても離したくなくて、子供のように「嫌です」と言って歩き続けた。

公園に辿り着いて、大きな噴水の前に辿り着いてなまえさんを降ろした。軽快な足取りで噴水へ向かっていくなまえさん。雨で出来ていた水たまりに光が反射してキラキラとなまえさんを照らしていた。美しいと、思った。なまえさんは私をかっこいいと言うけれど、私からすればなまえさんはかわいい。誰かと比べるまでもなくかわいい。


「ナナミン、こっちこっち!」

反射する光の中で、なまえさんが私を呼ぶ。一歩、一歩、なまえさんに近づく度に自分が沈んでいくような感覚を覚えた。これ以上近づくのが怖い。3歩近づいたところで立ち止まった。なまえさんまであと7歩といったところ。
「ナナミン〜〜」と大声で私の名前を呼ぶなまえさんに、冷静に「元気になったのなら帰りますよ」と告げる。

そんな私を見かねて、なまえさんがこちらに近づいて来た。私の手を取り、噴水へとふたり歩き出す。「あと少しだけ」なんて言いながら。「少しだけですよ」と返したが、内心は満更でもなかった。少し酔っていたのだと思う。私も。

そんな二人の戯れをもうすぐ満ちそうな月だけが見ていた。