半分ホントで半分ウソ


「ねぇねぇなまえさん昨日の人誰???」
「昨日の人?」
「あの高身長でスーツのイケメンだよ〜知り合いでしょ?」
「あーあの人ね、あはは、」

っていうことがあってね、笑って誤魔化した。
職場の気まずい空気に耐えかねて、自分から率先して仕事を探していたらいつもより早く帰れた。余分に出来た時間を無駄にすることのないように、と、今日の夕飯の肉じゃがを煮込みながら七海さんに話しかける。至る所で質問攻めにあったけれど、その全てに笑顔で誤魔化した。だって、七海さんのことなんて紹介したらいいのか分からなかったから。


「そうですか。それは少し残念ですね」
「?なんで?」
「なまえさんに夫ですって紹介されているものだと思っていたので」
「……もしかしてまたからかってる?」
「どうでしょう?」

仕事をしているのだろうか、視線はパソコンに向けられたままの七海さんの表情は私には分からない。だから判断に迷う。本気で言っているのか、冗談で言っているのか。


「夫って言っていいの?」
「私は構いませんよ」
「本当に本当?」
「えぇ」
「ふぅん……」


そんな風に言われちゃったら期待しちゃうじゃん……。
お玉の中のジャガイモが崩れない程度に鍋の中をぐるりと混ぜてから火を止める。今日は時間がある。七海さんの隣に座って、コテンとその肩に頭を預けた。


「どうしたんですか?」
「…妻ならこういうことするかなって」
「……」
「七海さん、私今結構ドキドキしてるんだけど」
「それならもっとドキドキさせましょうか?」
「え?」

急に手首を掴まれて、ぐい、と七海さんの方に引き寄せられた。よろけた私の身体を七海さんが抱き留めて、抱きしめられる。こちらから先手を打ったはずなのに、いつの間にか形勢逆転。七海さんの腕の中から七海さんを見上げる。私は余裕なんか全然ないのに、七海さんはと言えばいつもと変わらぬ表情のままで。

「ななみさっ……ちょっ……」
「ドキドキ足りましたか?」
「足りないって言ったらどうなるんですか?」

ある程度の予想はついていた。けれどそれを口に出して、確認することで七海さんの意志を確認したかったのかもしれない。七海さんの口角が少しだけ上がったような気がした。それを確認したと同時に七海さんの顔が近づいてきて、口を塞がれるようにキスをされる。何度も角度を変えて重ねられた唇は最後にちゅっと音を立てて離れた。


「もっと、となるとここではない場所に移動することになりますが?」
「た、た、足りました!お腹いっぱいです!ごちそうさまでした!」
「ご飯はまだ食べてませんよ」

ふ、と小さく音を立てて笑った七海さんが私の頭の上に手を乗せる。もっとって言えばよかったかな、って一瞬頭を過ぎったけれど、これ以上は私の心臓が持たなそうだったので口にしなくて良かったと思う。もっと、と言えるようになるのにはもう少し時間が必要そうだ。


「ところで七海さんは私のことなんて紹介するんですか?」
「それは知り合いに、の話ですよね」
「はい」
「もちろん、妻と言いますよ」
「つま……」
「正真正銘、あなたと私は夫婦なのですから間違ってはいないでしょう?」

なるほど、と『妻』という言葉を噛みしめながら、私はキッチンに戻った。私が七海さんを『夫』と紹介する時がもうすぐそこまで迫っていることをこの時の私たちはまだ知らなかった。