お互いの呼び方について


昨夜のあらましを説明し終えた七海さんは、空になったカップを持って再びキッチンへと向かった。なるようにしかならない。感想はそんなところだった。


「七海さん!」
「あなたももう七海さんですが?」
「じゃあナナミン!」
「押し倒しますよ」
「え????!」

出会ったばかりで七海さんのことをわかろうなんて無理なことは分かっている。それにしても七海さんの考えていることは分からない。気が合わないというか、分かり合えないというか。あぁ、相性が悪い、だ。


「なら、七海さんは私のことなんて呼ぶんですか?」
「なまえ…?でしょか?」


ふいに気になったことを問いかけてみれば、イケボで呼ばれる自分の名前。不意打ちが過ぎる。もしかして私が考えている以上に女慣れしてるのかもしれない、そう思って観察するようにその姿を追いかけた。


「見すぎですよ」
「七海さんのこと知ろうと思って観察してるのー」
「なら私が見ても問題ないですよね」

コーヒーを飲んだカップを洗い終わって私の近くに戻ってきた七海さんが、腕を組みながら私を見る。負けじと私も七海さんを見つめる。まるでにらめっこ。


「なまえさん、わかっていますか?」
「なにをー?」
「私たち、今、見つめあってますよ」
「は?へ?はぁぁ?」


咄嗟に逸らしてしまった目。このにらめっこは私の負け。ふは、と少しだけ音を立てて笑った七海さんが、「冗談ですよ」と言って私の頭に手を置いた。やっぱり分からない。分かり合えない。


「それでは、これからの話をしましょう」
「はい」
「なまえさんの職業はなんですか?」
「看護師、です」
「私は最近務めていた会社を辞めたところです」
「ニート?」
「いえ、違います」
「私養えませんよ!?」
「だから、違いますと言っています。もちろん次の就職先は決まっています」
「ですよね〜」


余計なことを言ってしまったのかなって思ったけど、七海さんは気にする様子もなく、淡々と話を進める。大人だなぁと思うと同時に、やっぱり七海さんを困らせてみたいという気持ちに襲われる。今日じゃなくていい。いつか、いつか。これからの長い時間を二人で過ごすのだから。


「なまえさん、聞いてますか?」
「あ、はい。すみません」
「謝らない。何度でも話せばいいだけです」
「ふふ」
「なんですか?」
「七海さん、そういうのめんどくさがりそうなのになって」
「それは心外ですね」


心外、と口にしながらも、七海さんは優しい顔して私を見た。七海さん、なまえさん。まだお互いの名前を口にするのも違和感を感じるけど、これから少しずつ慣れていけたらいいな。