思い出が過去になるとき


「七海さん、これどこにおけばいいですか?」
「あ、それはこちらにお願いします」
「はーい」

二人で話し合って、七海さんが私の家に引っ越してくることになった。部屋の更新をしたばかりだったし、七海さんの職場にも近かったし、何より少し前に一部屋空いたところだったから。随分と荷物を減らしたのだろうか。七海さんの私物は少なかった。


「なまえさん」
「はいはいはーい」
「はいが多い」
「えー普通ですよ」
「改めて今日からよろしくお願いします」


部屋に荷物を運び終わった後、七海さんが神妙な面持ちで私に告げた。急に改まった態度に、こちらも思わず姿勢を正して「よろしくお願いします」と頭を下げてしまった。急に畏まってしまった空気に耐え切れず、ふふふと声を出して笑ってしまうと七海さんもそれにつられてか少し表情を和らげてくれた。部屋は別々だけど、一緒に居て楽しいってやっぱり大事。


「なまえさん、これどうしますか?」

そう言って、七海さんが私に差し出したのは一枚の写真。別れたばかりの彼氏と私が写っているものだった。全部しまい込んだつもりだったのに、どこかに残っていたんだろうか?疑問に思いながらも、七海さんからその写真を受け取ろうとする。けれど、私が受け取るより先に七海さんがその写真を持った右手を高く掲げてしまう。


「これがなまえさんを捨てた彼氏ですか?」
「…そうですよ」
「別れた理由を聞いても?」
「くだらない理由だよ」
「いいです、教えてください」
「私、看護師してるんだけど、看護師ってもっと色々優しくしてくれるって思ってたって言われたの」
「そうですか」
「ねぇ、人の傷口抉って感想それだけ!?」
「いえ、分かり合えないなと思いました」

私の説明に納得したのか、七海さんは私の手のひらに写真を握らせて頭をぽんぽんと叩いた。もっと具体的なこととか聞かれたりするのかな、って身構えていたから、ちょっとだけ肩透かしをくらった気分。看護師やってると変な偏見持たれたり、お世話好きって思われたりすることがよくあるから、七海さんには看護師してるって言うつもりはなかったのに。



「七海さんの新しい仕事はどんなのなの?」
「そうですね、人に言えないような仕事ですかね」
「え、マフィア?」
「どうしてあなたはそう…」
「人に言えない仕事ってヤクザ的なのしか思い浮かばないんだもん」
「ではもうそれでいいです。詮索されなければ」
「え、そう言われるとすっごい気になる。なに?鬼殺隊?」
「ファンタジーと現実を一緒にしてはいけませんよ」
「七海さん、鬼滅の刃知ってるんだ」
「…なまえさんは私を何だと思ってるんですか」
「殺し屋?」
「違います、そこだけは否定します」


気になる私と言いたくない七海さんとの間で押し問答が繰り広げられる。いつの間にか手の中の写真の人物のことなんか頭からすっぽり消え去っていた。今はまだ捨てられない写真だけど、いつか、いつか全部捨てられたらいいな。七海さんが居てくれたら捨てられるような気がする。それがいつになるか、今の私にはまだ分からないけど。