だから、梅雨は嫌い


「う゛〜〜〜〜」

梅雨の時期はどうしても元気が出ない。今日は梅雨プラス台風襲来ぷらす生理前というトリプルコンボ。朝だから起きなきゃいけない、という気持ちはありながらも身体は言うことを聞いてくれない。だるい、ねむい、あたまいたい。一緒に七海さんと朝ごはん食べたいのに、と不条理と闘っていると、トントン、と部屋のドアが控えめにノックされた。


「どうぞ〜」力ない声で返事を返す。寝たふりすることも考えたけど、私が起き上がれないまま七海さんが仕事に行ってしまうのだけは嫌だったから。


「失礼します」
「ごめんね、朝ごはんもう食べた?」
「…いえ、今からですが」
「ごめんね、ちょっと元気でなくて。私、遅番だから、七海さん気にせず食べて仕事行ってね?」
「そうはいきません」


だって今までどうしたって、この体調不良を分かって貰えたことはない。勤務先のドクターですら「薬飲めば治るんでしょ?」と言ってきたくらいだ。なのに七海さんは「熱は測りましたか?」と優しい言葉をくれる。口を開いたら泣き言を言ってしまいそうで、ふるふると首を振った。


「まずは熱を測りましょう。食欲は?不調の原因は分かりますか?」
「ふふ、大丈夫だよ」
「なまえさんが大丈夫と言っても、私は心配なんですよ。で、体調不良の心当たりはありますか?」
「えっと、心当たりは、ある、けど、言いにくいっていうか」
「言いましょう」
「…PMSと低気圧…です」
「なるほど」


そう言った七海さんは、スマホを操作して、目を右に左にと動かした後、私をもう一度見た。少しだけ身構えてしまった私に「わかりました」と言って頭を撫でた。


「でも薬飲んで横になってたらよくなるから」
「そうですか、でもよくなるまで側に居させてください」
「そこまでしなくて、いいよ?」
「労働はクソ…いえ、別に私でなくても補えるので、今日は休みます」
「私のこと休む理由にしてる?」
「何を言っているんですか、単純に心配なんですよ」

七海さんの手のひらがズキズキと痛む頭を往復する。安心する。それと同時に、ホッとする。好きだなぁ、と痛みで何も考えられない頭は単純に結論をつけた。


「なにか口に出来ますか?パン粥かお粥程度ならすぐに出来ますが」
「あ、えっと、あの、あのね」
「なんですか?」
「ただ七海さんが側に居てくれたらいいかなって思っています」
「……わかりました」


私の言葉をただ単純に信じてくれて、それだけでも充分なのに、それ以上をしてくれようとする七海さん。ご飯を食べる元気も、起き上がる元気もないけれど、七海さんが側に居てくれているだけで痛みは和らいでいる気がした。薬より、きっと薬になる。

そんな私の考えをまるで読み取ったかのように、七海さんがは私の手のひらに自分の手のひらを重ねて指を重ねて手を握られた。

すき、
すき、
すき、
だいすき。

でも、それを口にしたら、今の関係性が崩れてしまいそうで、怖くて、私は口を紡いだ。七海さんはそのままただ側に居てくれた。溢れ出そうな好きの行き場に困って、私は目を閉じた。次に目を覚ましたのはアラームが鳴った時だった。すっきりした頭で、視界に一番最初に入ってきたのは、七海さんだった。私が覚えている時と変わらぬ場所で、七海さんは本を読んでいた。また好きが溢れ出そうになった。

ダメ、ダメだ。
好きって思ったら、七海さんの重荷になったらダメなんだ。
狂おしいほどの愛しさが溢れ出そうになる。私が七海さんを好きって言ったら、七海さんはどんな反応をするのかな。口にするのが怖くて、私はただ、繋がれたままの手のひらに力を込めるしかなかった。