幼馴染ちゃんの悩み事


「直哉!また掃除サボったでしょ!」

高専の学生寮の一室のドアを力任せに開いた。部屋の中に居た幼馴染の禪院直哉は、それに対して驚くでもなくベッドの上で少年誌を読み続ける。今月、こうして直哉の元を訪れるのは何度目だろう。掃除なんか女子供がやるもの、禅院家の人間である自分はやる必要がないというのが直哉の言い分、高専で決められたルールなのだから守って全員で掃除するべきというのが私の言い分。


「なまえ、そんなに怒ってたら皺増えるんと違うか?」
「誰が怒らせてるのよ!誰が!」
「俺?」
「一回くらい掃除手伝いなさいよ」
「なんで?俺が掃除してなんかええことある?」


ここから先は、何を言っても私たちの会話はいつも平行線を辿る。はぁ、と息を吐いて、直哉の寝転ぶベッドの小脇に腰掛ける。こんなんでも、私の幼馴染である。誰かに嫌われて欲しくないと思ってしまう。私の考えが甘いのかなぁ。


「直哉の大切なものってなによ」
「次期当主の座」
「それなら尚更人格者にならなきゃいけないんじゃないの?」
「ついて来たいヤツだけついてくればええ」
「誰も付いてこなかったらどうすんのよ」
「そん時は力でねじ伏せる」


直哉の言い分も一理ある。だからこそ、それにプラスして人格者であったならと願わずにはいられないのだ。いつか、背中から誰かに刺されそうで怖いのだ。はぁ、とまたため息が零れる。すると、一つに纏めていた髪が背後から掬い上げられて落とされた。


「お前は、なまえは、俺に如何して欲しいん?」
「私は、」
「ポンコツな兄さん方みたいになるんは、俺は嫌や」


頭の中に直哉のお兄さんたちが思い起こされる。みんなそれぞれ幼い頃、直哉をバカにしていた。それに負けじと直哉はがんばっていた。いつしか体術も術式も、誰も直哉に勝てなくなった。もう、誰も直哉に文句は言えない。
けど、直毘人さんはそれでも直哉を認めはしなかった。「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」という言葉はよく聞いた。一般家庭出身で女の私は、彼らにとっては虫けらみたいなものなんだろうな。直毘人さんにとっては、十種影法術を使える人間が最良で最善なのだ。


「直哉はがんばりすぎだよ」
「なまえにはわからんやろ」
「わかんないけど、でも直哉も囚われてると思う」
「パパに認められる人間にならなあかんのや」


直哉もかわいそうな人間なのだ。家柄に囚われ、親に囚われ、兄弟に囚われ。本当の直哉はどこにいるんだろう。どこでなら直哉は自由になれるんだろう。そんなことを考えていたら、掃除なんて些細なことのように思えてしまった。


「かわいそうな人間やと思っとるやろ?」
「ちょっとね」
「俺から見たらなまえのほうが可愛そうやけどなぁ。女やもん、男には勝たれへんやろ」


ケタケタ、と心底バカにしたように直哉が笑う。性根が腐ってるとしか思えない。ただ、直哉をこのまま放っておくことは、私にはきっと無理。矯正するのもきっと無理。それなら一緒に居て、フォローをしてあげたいなぁと心の深いところで考えた。