咲くも咲かないも君が決めて


「傑くん、クリスマス空いてませんか??」

涙声のなまえから連絡が入ったのは、22日の夜のことだった。ようやく終わった任務にホッと肩を撫で下ろしたところへ入っていたメールに返事を返そうとして、頭の中に疑問符が浮かぶ。クリスマスは確か、彼氏と一緒に過ごすと聞いていたからだ。「どうした?何かあった?」と伺うようなメールを返した。
すぐに返ってきたメールには、「ちょっと聞いてよ」という文面が書かれていた。何だかよく分からないけど長くなりそうだったので、落ち着かせるために「今から高専に戻るから戻ったら話聞くよ」と送った。

急いで戻り寮の部屋に帰ると、なまえは私服姿でベッドに座っていた。顔色が悪くて少しやつれているように見えた。俺の顔を見ると安心したように泣き出したので、とりあえず隣に座り背中をさすってやる。ようやく泣き止んだ頃には時計はもう23時を指していた。傍らに置かれたティッシュを数枚抜き取って、「はい、ちーん」と言ってなまえの鼻に当てる。素直に従っている様子が何とも可愛かった。


「で、何があった?」
「あいつ、浮気してた」
「なるほど」
「しかも私と会った後!」

まだ目が赤くなったままなのに、急に大きな声で喋り出すものだから驚いてしまった。
曰く、今日の昼間なまえと彼氏は一緒に過ごした、別れた後に渡し忘れたものがあって彼氏の元へ戻ると、彼氏はカフェで知らない女と会っていたそうだった。それだけで浮気であると確証は持てないはずなのだが、なまえは違ったらしい。ただ、これは私にとって好都合なので、なまえにはこのまま勘違いしていてもらおうと思った。


「で、なまえはどうするんだい?」
「別れる」
「ふぅん」

まるで誘導尋問のようだと思った。売り言葉に買い言葉。なまえは私の思惑通りに「彼氏と別れる」という言葉を口にした。このチャンスを逃す手はない。隣に座るなまえの手のひらに自分の手のひらを重ねた。びっくりして手を引っ込めようとするなまえの手のひらを手の甲から指と指の隙間に指を指し込んで握った。「傑くん…?」となまえが不安そうに私を上目遣いで見てくる。ダメだよ、なまえ。そんな顔したら逃がしてあげられなくなる。そのまま顔を近づけると、意図に気付いたのか目をぎゅっと閉じた。私はわざとらしくリップ音を立てて唇の端ギリギリの場所へキスをした。


「な、な、な」
「何をしたかって?キスしたけど?」
「そうじゃなくて…!」
「なんでかって?なまえが好きだからだけど?」
「えっ……」
「ずっと好きだったんだけどね。なまえには私じゃない彼氏が出来てしまったからね」

なまえの瞳が大きく開かれていく様子を眺めながら、もう一度口づけようと顔を近付ける。しかしそれは叶わなかった。私の口を塞いだのは他でもないなまえの手で、彼女は必死の形相をしていた。あまり見たことのない表情に一瞬怯むも、それならそれで構わないと思い直す。なまえの後頭部に手を添えてこちらに向かせると、その勢いのまま唇を合わせた。
逃げられる前に舌を差し込むと、驚いたように引っ込んだ彼女の舌を捕まえるように絡ませる。歯列をなぞったり上顎を刺激したりしているうちに力が抜けてきたようで、くぐもった声を出し始めた。

それでもまだ抵抗するように胸を押してくる両手を一纏めにして掴みあげると、空いた片手で顎を掴むようにして固定した。もう片方の腕はなまえの腰に回して抱き寄せた。
どれくらい時間が経っただろうか。長いこと貪っている気がしたが、実際は1分にも満たなかったかもしれない。どちらにせよ、名残惜しさを感じながらもゆっくりと離れた。互いの唾液で濡れた唇を見て、また興奮しそうになる。


「すぐるくん、だめ、だってばぁ」
「どうしてだい?気持ち良かっただろう?」
「きもちいいけど、でも」
「なまえは私の愛を疑っているのかい?」
「そうじゃないけど…」
「大人しく観念した方が身のためだと思うよ」

言い終わると同時に再び口付けた。今度は最初から深く、長く、奥まで届くように。なまえの吐息すら逃さないよう、すべて飲み込もうとするようなキスだ。
苦しくなったのかドンドンと肩を叩かれたけれど、離さなかった。やがて諦めたように力を抜いたなまえの耳元へ、囁いた。「で、クリスマスはどうするんだっけ?」と。腕の中で大人しくなっているなまえは呼吸を整えながら「傑くんと過ごす」と小さく呟いた。