雪が降っても大丈夫


なまえと俺は俺の誕生日から付き合い始めた。
付き合い立ての俺たちは一緒に居たいけど、二人きりは気恥ずかしい。その思いを虎杖と釘崎が汲み取ってくれて、今年も最後だからと一年全員で鍋を計画してくれた。虎杖がたくさん作ってくれたしょうがたっぷりの肉団子鍋は、あっという間に空になり、後片付けはじゃんけんで負けた俺となまえの二人。古い高専のキッチンは水しか出ない。冷たい冷たいと手を赤くしながら洗い物をするなまえに「変わる」と言っても「いいの、私がやる」と言われて、俺は洗った皿を拭いて仕舞う役割を与えられた。

洗い物が終わって、冷たくなった手のひらをなまえはこすり合わせる。その手を俺が温めることが出来たらいいのに、そう思うけれど、俺は声を掛けることしかできない。

「終わったし、二人のところ戻ろうか」

捲った袖を元に戻して、ポケットからなまえがハンドクリームを取り出す。手の甲にチューブから絞り出されるクリームを見て、思わず手が伸びた。

「恵くん、どうしたの?」
「……それ、俺がやってもいいか?」
「それ?どれ?」
「なまえの手にハンドクリーム塗る役」
「…?いいよ、よろしくお願いします」

そう言ってなまえは俺に両手を差し出す。その手を掴んで引き寄せると、びっくりするほど冷たくなっていた。体温を移すように強く握って、なまえの手の甲に出されたクリームを指先で掬う。それを塗り込むようにして揉みこんでいくと、なまえの手のひらは少しずつ温かくなっていった。自分とは違う、柔らかくて滑らかで白い手のひらは少しでも力を込めたら折れてしまいそうだった。大切な宝物を扱うように丁寧に塗り込み、爪先まで全部終わる頃には、すっかりなまえの体温と同じになっていた。


「ありがとう、なんか恥ずかしいね」
「そうか?」
「恵くんと同じ匂いなのもそうだけど、恵くんに触られるのドキドキしちゃうよ」
「……バカ、変なこと言うな」

なまえは自分の手を見つめながら呟く。少し俯いたその表情は俺からは見えない。でも、それでよかった。今、俺はきっとなまえに見せられない顔をしているだろうから。二人で部屋に戻る途中、ふと窓の外を見れば高専には不釣り合いなイルミネーションがキラキラと光っていた。

「なまえ、外」
「あ、すっごい!綺麗だね」
「いつからこんななってた?」
「わかんない、全然気づいてなかったよ」
「少し見に行かないか?」
「いいね、みんなも呼んで…」

言いかけた言葉を飲み込んで、俺たちは二人だけで外に出ることにした。寒いからと理由をつけて手を握った俺を、なまえは受け入れてくれた。繋いだ手を握り返してくれる感触に胸の奥の方がじんわり暖かくなる。
無言のまま歩き、辿り着いたのはさっき見た大きな松の木の前。人影はなく、ただライトアップされた木だけが静かにそこにある。


「やっぱり寒いな」
「大丈夫、だよ?」
「嘘つけ、鼻真っ赤だぞ」
「恵くんがいるから寒くないもん」


予想外の言葉に、思わず足を止めてしまった。そんな俺を追い越して、振り返ったなまえの顔は寒さだけじゃないもので赤く染まっている。
そのまま距離を詰められて、ぎゅっと背中に腕が回される。触れたところから伝わる熱は冷えきった身体に心地よくて、俺もそっとなまえを抱き返した。

「これで寒くないね」
「……だな」

そう言って笑うなまえの唇に触れたくてコツンとおでこ同士がぶつけた。至近距離で目があって、どちらともなく笑い合う。そのまま吸い寄せられるようにしてキスをした。触れるだけのそれは一瞬のことで、すぐに離れてしまうのが惜しかった。

「もう一回」と二人の声が重なった。俺たちは顔を見合わせて口元を綻ばせ、それから数回キスをした。