雪が溶けたら


「グラス空っぽ。同じのでいい?」

新年の中学の同窓会、久しぶりにこっちに帰って来たという虎杖くんは、私の隣に座って私の前に置かれた空っぽのグラスを手に顔を覗き込んできた。屈託のない笑顔は昔から変わらないけど、身長は伸びたし言動が少し大人びたような気がする。「ありがとう、同じので」と伝えれば、店員さんを呼んで私の分と自分の分の飲み物を虎杖くんは注文した。


「虎杖くんは、今東京に居るんだっけ?」
「あーうん、多分東京かな」
「多分って?」
「すげー田舎のほうでさ、こことあんまり変わらんなと思って」
「そう?」
「立川って駅とか仙台駅そっくし」
「え〜そうなんだ」

そんなどうでもいい当たり障りのない会話を繰り返す。中学の時、私は虎杖くんが好きだった。好意的に見れば虎杖くんと一番仲が良かったのは自分だと思っていた。でも結局告白することなく卒業して離れてしまったから、今どんな風に話をすれば良いのか分からなくて気まずい。運ばれてきたウーロン茶を飲みながら、ちらりと横目で虎杖くんを見る。それなのにすぐに私の視線に気づいて「ん?」と笑顔を向けてくるから、そういうとこだよ!という気持ちが込み上げてきて止まらない。


「今年はさ、どうしても帰って来たい理由があったんだよなぁ」
「うんうん、なに?」
「会いたいヤツがいんの」
「へぇ」
「誰だと思う?」


そう言った虎杖くんは私の反応を楽しむかのように笑った。私の知ってる人ってことなんだろう。けど、虎杖くんの口から私じゃない、他の女の人の名前が出るのは正直まだ楽しいとは思えない。だから、適当に虎杖くんと仲の良かった男子の名前を口にした。我ながら面倒くさい女だなって思うよほんと。

「残念、はずれ」
「えーじゃあ誰だろう、私、とか?」

思い切って口にした言葉に虎杖くんは「そーだよ」と小さく呟いた後、照れたように頬を掻いて微笑んだ。その顔を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられて苦しい。変な空気が二人を包み込む中、店員さんの「お済みのグラスお下げしてよろしいですか?」という元気の良い声が私たちの間に割って入って来て、心臓が大きく跳ね上がった。いつの間にか飲み終わってしまったグラスを見て、虎杖くんと二人また笑いあう。


「このあと、少し時間ある?」
「うん」
「少し二人で話したい」
「うん」

それから私たちは店を出て、近くにある公園に向かった。その間もずっと無言のままで、きっとお互いに緊張しているんだと思う。冬の冷たい風が容赦なく吹き付けるせいなのか、それともこの妙な雰囲気のせいなのか分からないけれど、指先が冷たくなっていくのを感じていた。
公園にあるベンチに隣同士並んで座る。相変わらず何も喋らずにいたけれど、先に口を開いたのは虎杖くんの方だった。


「なまえ、ごめん!」
「え?なに?虎杖くん謝らなきゃいけないようなことしたの?」
「……水田がなまえに告るっつってて、自分の気持ち優先して連れてきちゃったんだけどさ、よくよく考えたらなまえが水田のこと好きだったら悪かったと思って」
「それはないから、うん、大丈夫」
「そっかー、よかったー」

そう言って虎杖くんはホッとした顔で立ち上がった。私はどうして虎杖くんが私をこうして連れ出したのかの答えを知りたくて、でも聞いても私の望む答えじゃないかもしれないことが怖くてなかなか聞くことができないまま立ち上がって空を見上げた。冷たい風が頬を撫でる。こんな気持ちになるなら、再会なんかしないほうがよかったのかな、なんて悲観的な考えすら浮かんでくる。


「俺さ、ずっと好きなヤツが居たんだよ」

虎杖くんの言葉に思わず肩が揺れた。ああやっぱり聞かなきゃ良かったと後悔する。


「中学の時から好きでさ、卒業式の時に告白しようと思ったんだけど、結局できなかったんだよなぁ」
「………」
「そいつはさ、俺の爺ちゃんの月命日に毎月墓参りしてくれてて」
「………」
「本当はありがとうってだけ伝えて帰るつもりだったんだけど」
「ねぇ、虎杖くん……」
「なぁ、なまえ、俺が好きって言ったら困る?」

私が反応するよりも早く、虎杖くん優しく抱きしめてきた。「困っても俺のにしたいんだけど…」耳元で聞こえる虎杖くんの声は私の耳に優しく響く。困るはずなんてない。だって、私は虎杖くんがずっと、ずっと好きだったんだから。返事をしたいのに、込み上げてくるものが多すぎて言葉にならない。いつまで経っても返事が来ないことに不安になったであろう虎杖くんは、私から少し離れて「やっぱダメ?」と寂しそうな顔をした。必死に頭の中の言葉をかき集めて「ダメなわけないじゃん!」と言えば、虎杖くんは「へへ、」と少し照れ臭そうに笑った。

春になる