酸いも甘いもこころひとつ


「で、今度はなんですか」

津美紀の友人のなまえから呼び出される理由はいつも決まっている。簡単に言えば、彼氏の愚痴だ。昔からこの人には男運がなかった。浮気男、暴力男、二股男、ヒモ。まともな男がいたことがない。今日も、「恵暇だったらカラオケ行こう」と呼び出されたのだから、きっと理由は男関係であることは明白だった。


「恵の顔見たいな〜って思っただけだし」
「で、また浮気されたんですか?」
「ねぇ聞いてくれる?」
「どうぞ」


まだ飲み物すら届いていないカラオケ店。予約された曲は男への恨みがましい曲。マイクをテーブルの上に置いて息を吐くと、少し身を乗り出すようにして俺にスマホを見せてくる。スマホの画面に表示された女の人に見覚えはない、当たり前だけど。まぁ、裸で寝顔ってことから考えるに、今の彼氏の浮気相手なんだろう。知らない女の人の裸なんて、あまり見たいものではない。きっと眉間に皺が寄っていただろう。それに気づいたなまえは電源ボタンを押して、画面は真っ暗になった。


「これ、彼氏のスマホに入ってたの。ねぇ、これ浮気だよね?」
「それは黒」
「あーーやっぱり?」
「俺は付き合ってる相手のスマホの中勝手に見るのもどうかと思いますよ」
「見られたら困るものが入ってるほうがどうかと思うけど?」
「どっちもどっち」


ふぅ、と息を吐いてスマホに視線を落とすなまえ。なにも映ってない画面、なまえには何が見えているんだろう。

俺からしてみれば見たくないもの見て、勝手に傷ついて泣いてってするなまえの気持ちがわからない。ついでに言うなら、なんでそんな男を選ぶのかも分からない。絶対俺のほうがなまえのこと好きだし、なまえのこと大切にするのに。思ってるだけで言えないでいる俺もダメ男なのかもしれないけど。


「スマホの中覗かなきゃ安心できないような男と居て幸せですか」
「それは、」
「はっきり言いますね。その男と別れてください」
「急になに…?」
「好きなんです、なまえのこと」


きょと、とした二つの目が、ようやく俺のほうを向いた。「恵熱ある?」と言って、俺の額に触れようとした手をそっと握った。もっと早くこうすればよかった。そしたら、なまえは無駄に傷つかなくて済んだのに。


「解決策思いつきました。俺を彼氏にしてください」


なまえの視線が揺れる。閉じられた唇が次に紡ぐ言葉はなんだろう。前向きな言葉だといいな、と思いながら握った手に力を込めた。俺がなまえの最後のダメ男になる、それでいいでしょう?


「恵は浮気しない?」
「しないです」
「暴力振るわない?」
「振るいません」
「津美紀は怒らない?」
「怒るわけない」
「……私でいいの?」
「あなたがいいです」


自分と違う形の劣等感を持ったこの人を幸せにしたいと思った。どんなことがあっても。「信じてください」と言うと、なまえはようやく首を縦に振った。