人魚姫は泡に憧れる


「泡風呂あるよ!泡風呂入りたい!」

友人と飲みに行くと言って出かけていたなまえ先輩から連絡入ったのは午後11時を過ぎた頃だった。幸いにも高専から近かったので急いで迎えに行った、はいいものの、ハイテンションのなまえ先輩を連れまわすのは一苦労で、酔った人間はここまでめんどくさくなるものなのだと知った。キラキラと輝くイルミネーションに惹かれるようにずんずんと突き進んでいったなまえ先輩が「ここはいるー」と進んだ先はラブホテルだった。初めて入った!という酔っ払いは部屋の中のドアというドアを開いて、「ここは冷蔵庫!」「ここはクローゼット」と楽しそうだった。一々相手もしていられないので、飽きるまでしばらく放っておくことにした。

最後にたどり着いた場所はバスルームだった。少し値の張るラブホテルだったからか、そこは普通のホテルと変わらない様相でなまえ先輩は小分けにされたアメニティを物色したのちに泡風呂の素を見つけたらしい。


「使ってもいい?」
「いいですよ」
「一緒に入る?」
「…それはちょっと」
「一緒に入ろう!」


酔っぱらいはめんどくさい。そう再確認した。なまえ先輩はバスルームからベッドルームへ戻ってくると、部屋のソファで寛いでいた俺の元へ来た。酔っぱらいのくせに俺の腕を引っ張って立ち上がらせようとする。一緒にお風呂に入る、ただそれだけのために。そもそもここが何する場所なのか理解できているのかすら怪しい。その上、一緒に風呂に入る、となればすることは一つだろう。バスルームからはもう既にお湯を溜めている音が聞こえてくる。「すっごく広かったから二人でも入れるよ!」とほくほく笑顔のなまえ先輩を見て、潔く覚悟を決めた。今日だけですからね、と念を押して。

やったー!と喜んだなまえ先輩はぽいぽい、と服を脱いで俺に投げつける。頭に下着投げつけられたときは、風呂なんかどうでもいいから押し倒してやろうかとすら思った。床に落ちた服も拾い集めてクローゼットに掛けていると、「準備出来たら呼ぶからね」と喜び足でバスルームに駆けていった。転ばなきゃいいけど。

それからの時間は自問自答を繰り返した。たくさんの不安とちょっとの期待。呼ばれなきゃいいとすら思ったし、その逆に服を脱いで待っていればいいのか考えたりもした。「いいよー」の声が聞こえてきた。すぐ、の言葉を思い出して自分の服はソファの上に脱いでバスルームを目指す。


「なまえ先輩、大丈夫?」
「え!大丈夫、楽しい!」

ジャグジーのおかげで出来たたくさんの泡の中で楽しそうにしているなまえ先輩の頭だけが見えた。泡風呂ってすごい。自宅でもうシャワーを浴びていたこともあり、適当に自分を洗って楽しそうななまえ先輩のいる場所へと足から入った。向き合うようにして入れば、手のひらにたくさんの泡を乗せたなまえ先輩がふぅーっと息を吐く。泡は俺めがけて飛んでくるから、泡を避けるように顔を動かせば「動いちゃやだー」って酔っ払いはケラケラと笑う。


「そっち行っていい?」
「嫌ですよ」
「なんでー?」
「無理だからです」

小学生みたいなやり取りをした後、抵抗の甲斐なくなまえ先輩は俺の前に背中を見せて座り込む。立ち上がっても身体を泡が隠してしまって一部だけ肌色が見えるのがチラリズムのようで視覚から攻められた気持ちになった。


「めぐみー」
「なんですか?」
「当たってる」
「生理現象です、気にしないでください」
「しないの?」


首だけこちらを振り向いたなまえ先輩がトロンとした目で俺を見つめる。紅く染まった頬も相まって、いつもの数倍の色気を放って。きゅ、と唇を結んで黙ったままでいると、今度は身体ごと振り返ったなまえ先輩が首に手を回して抱きついてくる。さっきよりも泡が少なくなったせいか、お湯に浮かんだ白い胸が艶かしく揺れていた。


「これでもしないの?」


悪魔の囁きだった。ちゅ、と重ねられた唇は自分よりも高い体温で、理性なんてものは初めからなかったんじゃないかと思うほどあっけなく切れてしまった。ちゅ、ちゅ、と啄ばむように重ねたキスから水音を含むキスへと誘われる。


あぁ、明日の朝なんて言い訳しよう。

そんなことが脳内にちらりと浮かんだ。けれど今は高ぶったこの熱をどうにかしてしまおう。消えてなくなる泡のように一時の幻と思って。