或る晴れた日の朝の話


「なまえ〜もう出るよ〜」

いつものように悟がサングラスを目隠しに付け替えて、玄関に向かう。洗い物をしていた手を止めて、悟を見送るためにスリッパを鳴らして玄関へと向かった。靴を履いた悟が、こちらを向いて両手を拡げた。『いってきます』のハグとちゅーは、二人で同棲することにした時からの約束。どんな喧嘩をしたって具合が悪くたって、一度も欠かしたことはない。ただ、何度やっても慣れないのだ。恥ずかしくて、照れくさくって、寂しいなって思ってしまって。


「なまえ?」
「やっぱりやらなきゃダメ?」
「ダメ」
「恥ずかしい」


悟の胸に素直に飛び込んでいけないままでいると、悟は唇を尖らせて「早く〜」と言葉を発する。ここまでお膳立てされて待たれてしまうと、逆に飛び込んでいけない。いつもはじれったさに耐えかねた悟が強制的に腕の中に迎え入れてくれるのに。


「なまえ〜」
「待って、心の準備が、」
「ふーん」
「その顔ムカつく」
「そんなムカつく僕のこと好きなのはなまえなのにね〜」

そう言って、悟は私の左手首を掴んで自分の方に引き寄せた。身長差とか香りとか、悟の存在を告げる全てが私の近くに存在する。何とも言えないこの甘ったるい時間が苦手で、それでいて愛おしい。


「悟、引っ張ったら危ないでしょ?」
「ん〜でも受け止める自信あったし」
「はいはい、」
「ハグだけじゃ全然足りない〜〜〜」


私を腕の中に閉じ込めるだけでは飽き足らず、頬に顔を寄せてちゅ、ちゅ、とちゅーをする。唇じゃなくて、ほっぺなところがなんとも悟らしい。きっと、唇には私からして欲しいんだろう。わかりたくないけど分かってしまう自分が憎い。


「なまえ問題ね、いってらっしゃいの時にはどうするでしょう」
「さぁ…?」
「正解は、いってらっしゃいのちゅーでした」
「残念でした、しません」
「え〜〜してよ〜〜がんばれない〜〜」
「やだよ」
「なんで?」


にっこにこの笑顔の悟にとことん弱い私に拒否権なんてあるはずなく、ちゅ、と触れるだけのキスをする。途端に抱きしめていた腕に力が篭って、身体が宙に浮いた。そしてそのままくるくる回る悟。かわいい、だめ、かわいすぎる。


「なまえ〜」
「な、なに?」
「僕、世界で一番幸せかも〜〜」


そう言ってずっとへらへらしてるから、「仕事行かなくていいの?」って言えば「ん〜行きたくないなぁ」って言いながらも私のおでこにちゅ、と唇を落として私を床にそっと降ろした。


「いってきます」
「いってらっしゃい」


今日もいい一日を。