l living without you


「なまえ!釘崎!五条先生、伏黒がナンパされてる!」
「フォーメーションY」
「私も行くの?」
「あんたが行かないでどうすんのよ」


悠仁が50m3秒のスピードで伊地知さんの迎えを待っている私たちのところへ走ってくる。もう疲れてぐったりしていた五条先生も野薔薇も、悠仁の言葉にさっきまでのぐうたらな態度から一変。急に張り切りだして、私の手を取り恵の元へ走り出す。


「恵、待った?」

まずは私が恵に声を掛ける。次に野薔薇が「ちょっと、私が先に伏黒くんと約束してたのよ!」と続くはずなのに、いつまで経っても援護射撃がこない。これじゃあ、私がただ単に恵が声かけられてて、ヤキモチ妬いて来たみたいじゃない。恵だって、「え?」みたいな目で私のこと見てるし。


「その女、なーに?だれ?」
「……なまえ、なにいって…」
「私だけじゃ足りないの?」
「おい、こら」


おかしいなって思ったけど、引くに引けなくなって演技を続ける。初めはびっくりした表情の恵が、徐々に状況を理解してかめんどくさそうな顔をし始める。もうこの辺がやめどきかな、と思っていると、恵と話をしていた女性が私の方を向いて「彼女さんですか?」と問いかけてくる。彼女は彼女なんだけど、面と向かって言われると「あ、えっと、あの」と口ごもってしまう。


「そう、だから連絡先とかは教えられない。ごめん」
「…二人のお時間邪魔してすみませんでした」

ぺこり、頭を下げて女性は去っていく。どうせ悠仁の勘違いで、また道を聞かれてるだけだと思ってたから、申し訳なさが泡立つ。穴があったら入りたいってこういう時に使うんだな。五条先生も、野薔薇も、悠仁も、きっと本気な空気察したんだろう。私すごく嫌なヤツだ。



「なんつーか、助か…った」
「え?ほんとに?」
「あぁいうの苦手なんだよ」
「どういうの?」
「ナンパ」

恵は優しい。私が後悔しているのをきっと感じ取って、そう言ってくれたんだと思う。おかげで、「ごめん」って謝るタイミング逃しちゃった。次はもうしないから、そう心に誓った。あれ?でも次もしたほうがいいのかな?助かったって言ってたし?どっち?


「…みーちゃった」
「五条先生」
「二人でなにいちゃついてんのよ」
「いちゃついてないし」
「こうなるのが分かってたから、五条先生ストップ掛けたのか!やっぱ五条先生すげぇや」
「え?違うよ。こっちの方がおもしろくなりそうって思っただけだよ?」


五条先生を先頭に、みんながさっきいた場所まで戻るために歩き出す。野薔薇が「アイス食いて〜」と言い、悠仁が「五条先生俺も〜」と続く。もっとからかわれるかと思ってたから、ちょっとしたアクシデントくらいに思ってくれたことにちょっと救われた。


「恵、私たちも行こっか?」
「……なまえがヤキモチ妬いて来てくれたのかと思ってた…俺かっこ悪いな」
「え?」

さっきからずっと何も喋らないなと思ってたけど、怒ったり呆れたりしてたんじゃなくて拗ねてたんだね。少し背伸びをして、恵の耳元で「それはちょっと可愛すぎてずるいです」と告げた。恵はすぐに耳を押さえて真っ赤になって「ごめんなさい」と呟いた。

私がもしナンパされたら、その時はお芝居じゃなく助けに来てね。恵くん?