好き、の言葉の代わりにキスを


初めて、伏黒くんとキスをした。


付き合って数か月、出会って半年が経った、夏の夕方のことだった。任務終わりに、忘れ物をした私に伏黒くんが付き添ってくれて、ついさっきまで晴れていた空が暗くなって、雨が降り出して、雷が鳴って、「これじゃあ寮に帰れないね」って私が言って。伏黒くんは「報告書、ここで書いちゃうか」と言って、机に向かって。私は手持ち無沙汰に教室内を歩き回っていただけだったのに。


「わ、雷また光った」
「おい、あんまり窓際行くな」
「は〜い」

伏黒くんに咎められて、私は椅子だけ引っ張り出して伏黒くんが報告書を書いている隣に座った。ボールペンが滑って、伏黒くんの丁寧な字が、報告書に書かれていく。ちょっとだけ意外だった。男の人ってもっと乱暴な字を書くと思っていたから。


「伏黒くん〜」
「なんだよ」
「ひま〜〜〜」
「ならお前が報告書書けよ」
「それはいや〜」
「めんどくせぇやつ」


ふは、と笑って伏黒くんがまた報告書にペンを走らせる。なんだかちょっと面白くなくて、私は邪魔をするように伏黒くんの肩に寄り掛かった。構って欲しい気持ちが半分、私のことを見て欲しい気持ちが半分。


「おい、なまえ、書きずらい」
「ふ〜〜ん」
「邪魔すんな」
「わたし、伏黒くんにとって邪魔?」
「……ふざけんな」


伏黒くんが私のこと邪見に扱うから。もっと私のことで困ればいいのに。と寄り掛かる力を強めた。そこれ、ふいに伏黒くんが諦めたように力を緩めるから、私は支えを失ったせいで、そのまま重力に従って倒れこんだ。ちょうど伏黒くんの太ももに膝枕するように。


「ちょっと、伏黒くん」
「構って欲しいなら素直にそう言え」
「別にここまでは望んでない」
「なら、なにを望んでたんだよ?」


目を細めて、口角だけ上げて微笑んだ伏黒くんが上から私を見下ろす。まるで全部見透かされているような気がして、私は唇を尖らせた。そこまで分かってるなら、その先も察してくれたっていいじゃない。二人で居るのにまるで一人ぼっちみたいだよ。こんなに雨が降ってるのに。こんなに雷が鳴ってるのに。

ふいに雷の音が止んで、教室の中に雨の音だけが響いた。伏黒くんの細い指が私の頬に触れる。少し、冷たい、指先が。咄嗟に目を瞑った。「かわいい」と言って、いつものように額に唇が触れる。今は、そこの気分じゃなかった。だから、私はまだ目を瞑ったまま伏黒くんのキスを待つ。


「…止まんなくなったら責任取れよ」

そう言って、唇に伏黒くんの唇が触れた。触れるだけのキス。それでも一歩前進したことが嬉しくて、嬉しさを声に出さないように耐えながら瞼を開く。が、伏黒くんの唇は再び私の唇に触れる。


「ふしぐろく…」
「もっと、もう少し」


ただ触れるだけのキスを何度繰り返しただろう。
外では再び雷が鳴り響き、そして、いつの間にか雨が止んでいた。1,2,3,4,5。私が数えられたのはそこまでで、そこから先はもう頭の中が伏黒くんでいっぱいになってしまった。大好き、大好き、そればかりが脳内からあふれ出す。ここが教室でよかった。私の部屋や伏黒くんの部屋だったら、キスだけで終われなかったから。