恋は晴れた日のように


「七海〜おっはよ〜」

今日も朝から雨で、気分は乗り切らない。髪はまとまらないし、微妙に頭は重いし。けど、朝からきちっとしてる七海見て、少しだけ元気になって、いつも灰原がしてるみたいに悪ふざけして身体でどーんって七海に体当たりしてみた。


「あぁ、なまえさんか。おはようございます」
「七海は晴れでも雨でもテンション変わらないね。後輩なのにすごいなぁ」
「こう見えて、それなりにテンション上がってますよ」
「なんで?雨好きなの?」
「朝からなまえさんに会えたからですよ」

そう言って七海は穏やかな表情を私に向ける。大好きが身体から溢れ出て、顔に出てしまってそうで、私は七海から目を逸らした。どうしてそういうこと普通に言えちゃうのかな。歯磨きしたばっかりの口の中にメープルシロップ垂らされた気分。



「私は雨だめだぁ…」
「得意そうには見えないですね」
「あ、そうだ」
「どうしました?」
「七海が雨の日だけ何か特別なことしてくれたら好きになれるかも」
「特別なこと、とは?」
「……雨の日は敬語ナシとか?」


何を言ってるんだとでも言いたげにぽかんとした表情をする七海。やっぱりだめだよね。こんな私しか得することがないこと、と諦めかけたその時、七海が私の手を握った。でも、ずっと気になってたんだよね。私の方が年上だから、仕方ないって思ってはいたけど、それでも彼氏彼女なら台頭でありたいって考えちゃうんだよね。


「交換条件があります」
「なぁに?」
「それなら雨の日だけ、私のことは建人と呼んでください」


今度ぽかんとした表情をしたのは、私の方だった。いや、私だってずっと「七海」呼びなのはどうかと思っていた。何度か下の名前で呼んでみようと試みたこともあった。でも、今まで一度も呼べたことはなかったし、これからも呼べる気はしない。


「七海は、け、け、けんとって呼んでほしいの?」
「そうですね。五条さんが悟って呼ばれているのに、どうして私は七海のままなんだろうってはずっと思ってました」
「……それはごめん」


ずっと、と口にした七海の言葉が重く肩に圧し掛かる。私の知らないところで、気にしてたんだ。私に勇気がないばっかりに七海に悪いことしちゃってたんだな。もっと早く七海がそのこと言ってくれてたら…。そう思って唇を噛んだ。


「絶対その顔すると思ってました」
「へ?」
「言わなかったのは私自身の選択です。なまえさんが気にする必要はない」
「でも〜〜」
「呼べる時が来たら呼んでくれればいいんですよ」
「…わかった」
「なので私の敬語も自然と抜ける時が来るまで待ってください」
「あ……!」
「おあいこですよ」


やられた。そう思った時には、七海はもうしたり顔でこちらを見ていた。私の方が年上なのに、私ばっかりが弄ばれている。どうしたって七海には適わない。いつもより広がった髪を手のひらで撫でつけながら、私は七海を恨めしそうに見た。