伏黒くんは分かりにくい


「おねーさん、こっちビール3つね」
「すいませーん、注文お願いします」

そんな声が響き渡るビアガーデン。わたしと伏黒くんは呪詛師が現れるとの情報を手に入れ、潜入捜査をしていた。夕方とはいえ、屋外、しかも腰から下は黒のギャルソンエプロンを着けているため、やっぱり熱い。

「なまえちゃん、料理できたから3番テーブルに頼む」
「分かりました、今行きます」

周りの人間は、ほとんどが大学生。酒類を扱う場所のため、わたしと伏黒くんも大学生のフリをしている。演技が本業というわけではないため、どうしても年上相手には敬語が出てしまうのは仕方のないことだろう。キッチン担当のバイト仲間から、枝豆とポテトを受け取り3番テーブルへと向かう。


「お待たせしました!」
「おねーちゃん、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ!」

愛想笑いを表面に浮かべ、その場を立ち去ろうとした。が、その時、手首を掴まれてしまった。「え、なんですか?」と問いかけるも、酔っているのかニヤニヤして「おねーちゃんも一緒に飲もうよ?」と返事にならない答えが返ってくるのみだった。「やめてください」と声を掛けても「なーに?」とはぐらかされる。マジでブチ切れそう、そう思った時に、横からにゅっと誰かの手がのびてきて、わたしの手首を掴んだ。


「誰だよ!邪魔すんな」
「うるせぇな、とっとと手放せ。ここはキャバクラじゃねぇんだよ」


いつもと違う伏黒くんの低い声が響いた。相手に捕まれた手が咄嗟に緩んだので、伏黒くんの後ろに隠れた。周りの目がわたしたちに向けられて、勝ち目がないと思ったお客さんは、チッっと舌打ちをして「もういいから行けよ」と捨て台詞を吐いた。



「伏黒くんありがとう」
「なまえ、やっぱり他の奴と任務変われよ」
「え?なんで?やだよ」

揉めた場所を離れながら伏黒くんにお礼を伝えるも、伏黒くんは不機嫌だった。迷惑を掛けたことは申し訳ないと思ってる。いざとなれば自分で対応しようとも思ってた。だから、こうして任務変われって言われるのは心外で、ショックだった。わたしは、伏黒くんと一緒の任務楽しかったから。


「……俺が嫌だ」
「だから、なにが?」

人気のないバックヤードの入口付近、伏黒くんが消え入るように呟いた。聞こえてしまった言葉に反応すれば、眉間に皺を寄せた伏黒くんがわたしの両手を掴んでわたしを壁際に追い込む。さっきのお客さんとは違う、絶対に逃がさないと力を込めた腕。ぱちくりと瞬きを繰り返して伏黒くんを見る。こんな時でも、近い場所にある伏黒くんの睫毛が長いなぁって観察しているわたしはやっぱりちょっとどこかおかしい。


「伏黒くん、」
「俺が、なまえが俺以外の男に笑顔振りまいてるの、見るのが嫌なんだ」
「え?」
「わかんねぇけどすごいイラっとする」

それはもう告白と一緒なのでは?と思える伏黒くんの言葉に、唾を飲み込むしかできない。どくんどくん、と心臓はうるさく暴れ回る。いやでもそれはただの勘違いで、任務中にヘラヘラしてんなって意味なのかもしれないし。こういう時、どう返すのが正解なんだろう。「なんで?」と聞き返すべき?それとも「わたしのこと好きなの?」って確認するべき?それとも「任務なんだから仕方ないよ」?ぐるぐると頭の中を交差する感情に理解が追い付かない。


「あ、あれ」
「なんだよ」
「呪詛師じゃない?あれ!」

ふいに視界に入ってきた、麦わら素材のテンガロンハット。逃げるための口実、ではないけれど、最優先は任務。遠くに見える対象者を見つけて、補助監督へと連絡を入れる。ここは人が多くいる。どうしたらいいのかの判断を仰ぐべきだと思ったからだ。

電話を掛け、指示を仰ぐわたしを伏黒くんはじろりと睨んだ。これで対象を捕まえてしまえば、わたしが無差別に愛想を振りまくこともなくなるんだから、伏黒くんもイライラしなくなるんじゃないの?

補助監督との通話を終え、対象が帰る時に後をつけると貰った指示を伏黒くんに伝える。分かった、の言葉のあとに、「さっきはぐらかしただろ?」と問われる。バレバレだったか。肯定も否定もせずただただ笑顔を返す。すると、むに、と頬を掴まれ、「任務が終わったら続き話すからな」と言われた。

わたしの受難は続きそうだ。