透き通る思いは空を抜けて


「七海さんはどんな学生でした?」

任務のために訪れた夜の学校のプール。濡れるからとハダシになったなまえさんは靴下を片手にプールサイドを歩く。月明りと少し離れた場所にある街頭の灯りだけが照らす中、まだ17歳のなまえさんはキラキラと輝いて見えた。懐かしい塩素の匂いを最後に嗅いだのはいつだっただろう。なまえさんの質問の答えを探すべく脳内の記憶の糸を辿る。


「昔過ぎてもう忘れました」
「え〜本当に?」
「ええ。特別楽しかった思い出はないです」
「そっか」


残念そうにこちらを見たなまえさん。高専に在籍していた時からこちらはいい記憶なんか数えるほどしかない。高専に入学する前を顧みても、人には見えないものが見えるせいもあって特別楽しいとはしゃいだ記憶もほとんどなかった。だからこそ、こうしてキラキラとしているなまえさんが眩しくもあった。


「わたしも七海さんと同級生だったらよかったのになぁ」
「私と同級生になると漏れなく五条さんが先輩になりますよ」
「それも楽しそう」
「あなたは本当に変わった人だ」
「そうかな?ありがとうございます」
「褒めてませんよ」


月明りに照らされたなまえさんがプールの水面に映る。その姿の隣に立つ自分は当然もう高専の制服を着てはいない。ただ、もし、同級生だったなら、と考えてみた。きっとなまえさんと五条さんは仲良くなれるだろう。灰原とも仲良くなれただろう。それを見て私はまたやれやれと思うだろう。ただ少し、ほんの少しだけ悪くないと思ってしまった。大変さと比例して楽しさもあるだろう、と。


「呪霊出てきませんね」
「そうですね。条件は揃っているはずですが」
「他に何かあるのかなぁ」
「どうでしょう」


暇を持て余したなまえさんが、プールサイドに座ってちゃぷんと脚をプールの中に沈めた。変化は特にない。ちゃぷちゃぷとなまえさんが水音を立てる。その音と、遠くから近づいてくるエンジン音だけが耳に届く。静かな夜だ。
ふいになまえさんが、上着を脱ぎ「持ってて」と私に向かって放り投げた。危うく落としそうになりながら寸でのところでそれをキャッチする。何をするのだろう?と動向を見守っていると、とぷんと音を立ててプールに飛び込んだのだ。


「なにやってるんですか」
「え〜〜だって暇だったし」
「そんなびしょ濡れになって、どうやって帰るつもりですか…」
「考えてなかった」


へへ、と笑いながらなまえさんは広いプールを中央をセンターラインを目指して進む。ぷかぷかと浮力を持ったスカートから生足が見える。相手が私だからいいようなものの同級生や五条さんだったらと考えると、無防備過ぎて呆れるを通り越して絶望すら感じた。

「ねぇ七海さん」
「なんでしょうか」
「こっち来てみてください」
「なにか呪霊に関してのヒントがありましたか?」
「ううん、気持ちいいから」


そう言ったなまえさんはまた無邪気に笑った。「お断りします」と告げた。一緒にはしゃぐなんてもうそんな無茶が出来る年じゃない。それでも諦めきれないなまえさんは手招きを繰り返す。仕方なくなまえ さんの方に歩み寄る。すると、突然脚を引っ張られてバランスを崩す。そのまま水の中へと引きずり込まれた。バシャン!という大きな音が夜の学校に響く。目の前に透明な世界となまえさんだけが見えた。


「っ……!」
「あははは!びっくりしました?」
「……心臓止まるかと思いましたよ」
「ごめんなさい」

なまえ さんが私の腕を引いてプールの中央まで連れていく。スーツが張り付いて冷たい感覚に襲われる中、顔にかかる髪を払って「見て」と言うように微笑んだ。


「星がすごい綺麗に見えるの」

水面の上に映る星空。キラキラと光るそれが、月と一緒にゆらゆら揺れている。吸い込まれそうなくらい広くて暗いこの空間でなまえさんが見せたいのはこれだったのだ。なんとも言えない感慨深さを感じていると今度はなまえさんがばしゃばしゃと私の顔に水を掛けてくる。されるがままでいるのもアレなので、逃げるのと同時にプールサイドを目指した。


「逃がしません」と言って、腕を掴むなまえさん。仕方がないので、なまえさんを担ぎ上げてプールサイドに向かった。ノリが悪いのは自分でも分かっている。それが自分の短所であることも。担ぎ上げられたなまえさんは暴れるでもなく、現状を楽しんでいた。


「七海さんってやっぱり優しいよね」
「どこを見てそう思ったのか分かりませんね」
「そういうところも好きですよ」
「……」
「あれ?照れてます?珍しいですね」
「うるさいです」
「可愛いなぁ七海さん」

びしょ濡れになってしまったので、任務は中断。後日また改めて、というこになった。迎えに来た伊地知に「なにがあったんですか?」と驚かれ、私となまえさんは顔を見合わせて笑った。