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「ん〜〜おいしい」
「そうか。よかった」
「毎日恵のご飯食べたい」
「レパートリー増やしとく」
「え、ダメだよ」
「は?」
「わたしも一緒に作れるようになりたいから次は一緒に作らせて?」


まるでプロポーズのような言葉を口にしたかと思ったなまえは、幸せそうな顔をして男女平等を説いた。へへへ、と笑うなまえにつられて俺の口元もゆるくなる。あぁ、好きだと思った。この時間が長く続けばいいと思った。

が、永遠なんてものはなく、幸せな時間は長く続くわけもなく。その平穏は「お疲れサマンサ!」という時代遅れの声と共に開いたドアによって壊された。


「げ、」
「げ、じゃないでしょ?五条先生のお帰りだよ?」
「何か用ですか?」
「なまえ、恵が冷たい…」
「知らん。くっつくな」

無遠慮に俺の部屋に入り込んだ五条先生は、当然のようになまえの隣に座った。そして、なまえと俺を交互に見て、「……逢引き?」と少し低い声で尋ねた。「バカ?」となまえが不機嫌そうな声を出す。


「先生に対してバカはないでしょ?」
「「

あるよ。普通にある」
「なんでそんなこと言うかなー。僕って結構傷つきやすいんだよ?」
「ウソだね」
「ほんとだってば!ほら、よく見なさいよ。こんなグッドルッキングガイを捕まえてさー」
「自分で言うわけ、それ」

あぁ、なまえは五条先生の前ではこんな風に笑うんだ、それを思い知らされた瞬間だった。口ではキツイ言葉を放っても、表情は柔らかい。それどころか、俺と二人の時以上に楽しそうに笑う。悔しい。蚊帳の外に放り出されたことも、なまえの視線の先に自分が居ないことも。


「なまえ、早く食わないと冷めるぞ」
「あ、そうだった。ごめんね、恵がせっかく作ってくれたのに」
「なまえが作ったんじゃないんだ」
「俺が作りました。五条先生も食いますか」
「うん」
「少し待っててください」


この場から逃げる口実が出来た、そう思って立ち上がる。本音は早くなまえと二人になりたい、なのに、二人きりになるのが怖かった。なまえの表情が変わってしまいそうで。五条先生と俺との時間は9年。五条先生となまえの時間は15年。俺となまえの時間は数か月。


「クリームシチューといえば覚えてる?なまえ」
「覚えてない」
「え〜もっと話に乗ってくれてもよくない?」
「覚えてないですよ、悟坊ちゃんがわがまま言ってクリームシチュー作らせたことなんて」
「覚えてるじゃん!」


ケラケラとした二人の笑い声が聞こえてくる。蚊帳の外、とはこのことだ。俺の知らない昔の話。虎杖みたいに「なになに?」と話に入っていけるような人間ではないし、釘崎みたいに「私の知らない話するな!」って怒れるような人間でもない。だからと言って、その場でニコニコと笑顔を振りまくことも出来ない。そして、その全てが出来る五条先生に嫉妬した。
出来ないことばかりな自分に対する嫌悪感も募ってこの場から消えてしまいたくなった。

「どうぞ」と差し出したシチューとスプーンを受け取った五条先生は「ありがとう」「いただきます」と笑顔を振りまく。

「俺ちょっと」と言って部屋を出ようとすると、なまえが俺の服の裾をツンと掴んだ。「どこに行くの?」と言って。


「ちょっと…」
「二人は嫌。恵が居なきゃ嫌」
「なまえ…」
「なまえもこう言ってるし恵も急用じゃないならあとでいーでしょ」
「…わかりました」


席に戻るとなまえはこちらを向いて、「ちょっとってなんだったのー?」ととぼけた質問を投げかけてくる。もうなまえの目の中に居るのは俺だった。たったそれだけの事実に救われたような気がした。