08

「なまえ、今日は一本一緒に見ていかねぇ?」

悠仁のお世話係として、悠仁にお弁当を届けて食べ終わったあと、悠仁が可愛いのか可愛くないのかわからない呪骸を抱えながら口を開いた。今、食事を終えたばかりだというのにポテチとポップコーンの袋を開けて、ローテーブルの上に並べた悠仁はわたしに断られることなんか微塵も思っていない様子だった。


「怖いの好きじゃないんだよね」
「だったらこれは?」


悠仁が取り出したのは、泣けると評判の邦画だった。話題になって見に行きたかったけれど、映画館に行くタイミングを逃してまだ見れていないもの。ニコニコと期待を顔面に出した悠仁を前に、心を動かされて隣に座った。「一本だけだからね」と言い訳のような言葉を添えて。


「五条先生が用意してくれる映画ってホラーが多いんだけどこれは俺がリクエストしたんだ」
「へぇ」
「これならなまえも一緒に見れるかと思って」

下心なんてまるでなさそうな笑顔で悠仁は映画を再生機器にセットする。天然無自覚なんだろうけど、ズルいなぁと思う。大抵の女はそう言われて悪い気持ちにはならないだろう。心のささくれが痛む。わたしはこの悠仁を利用しているのだから。

宿儺を好きな気持ちに嘘も偽りもない。だが、悠仁を犠牲にしてまで、宿儺をこの世に蘇らせたいのかと問われれば返答に困る。結局は全て偽善なのだ。自分のせいと思われたくないし、思いたくない。そんなことを考えていたら五条悟が悠仁のために用意した無駄にデカいテレビのなかで俳優が星の王子様の物語を語り始める。


「なまえはさ、すげぇ色んな本読んでるじゃん。伏黒もだけど」
「うん」
「読み終わったあと、どんな気持ちになんの?」
「それは作品によるかな」
「じゃあ、これ、星の王子様だっけ?とかは」

恵はどうか知らないけど、わたしは本を読むときどこか客観的に物語を眺めていた。だから、その物語がハッピーエンドでもバッドエンドでもどちらでもよかった。ただ、辻褄があって、それでいてストーリーとして成り立っているかどうかということを考えていた。つまり、悠仁が言うように感情がどうとかはあまり考えたことがなかったのだ。


「悠仁は?映画見てどう思うの?」
「俺?俺はさ、主人公に感情移入しちゃうタイプだから、理不尽な展開はやっぱやだなって思うよ」
「悠仁らしい」
「で、なまえは?」

うまくはぐらかしたつもりでいたけれど、もう一度聞かれて言葉に詰まる。こういう時にどう返したらいいんだろう。本を読むのは好きだけど、昔から感想文を書くのは苦手だ。自分の感情を素直に表現できないからだ。

「星の王子様に関して言えば、『いちばんたいせつなことは、目に見えない』って言葉が印象に残ってるかなぁ」
「あ〜それは俺も聞いたことある、あるかな」
「どっちよ〜」
「今度読んでみるよ」


始まりがあれば終わりがある。この会話の終わりはどこにあるんだろうと思っていた。悠仁が意外な終わりを示したので、わたしは少しびっくりした。
足の間に置いた呪骸の頭を撫でて、悠仁は映画に集中しだした。わたしの感想を否定も肯定もしない悠仁は大人だなって思った。小さなちっぽけなわたしは「いちばんたいせつなことは、目に見えない」と自分の放った言葉をぐるぐると頭に巡らせるだけだった。いつか宿儺か悠仁か選ばなきゃいけなくなったとき、わたしはどういう選択をするんだろう。