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これはまだ小学生の頃の話。
ちょうど本家に居たわたしは、五条悟へ届け物をして欲しいと頼まれて高専を訪れた。今もクソだけど、当時の五条悟はさらにクソだった。必死で長い長い階段を上ってきたわたしに対して、「遅い」と言い、それに対して「うるせぇクズ」と反論したわたしに「相変わらず成長しねぇな、チビ」と言ってきたのだ。小学生に対してだ。

五条悟は男と一緒に居た。友人なのだろう。髪を一つ、高めの位置で括り、五条悟と形は違うけれど同じ制服を着ていた。なんでこんな奴と仲良くしているんだろうと、同類なのだろうかと疑いの眼差しを向けるわたしに「あんな奴の言うこと気にしなくていいよ」と言ってくれた。多分いいひと。


「用が済んだらさっさと帰れよ」
「……言われなくても帰るもん」

持ってきた呪具は重かったし、本当は歩き通しで足が痛かった。少し座って休んでから帰りたかった。けど、そんな弱みを五条悟に見せるくらいなら、無理をして歩いて帰ったほうがましだ。


「そんなすぐに帰らなくてもいいじゃないか。おいで、なにか飲み物買ってあげる」
「でも、知らない人に、」
「僕は夏油傑といいます。身分証、学生証でいいかな?」
「なまえです」
「なまえちゃん、行こうか」


夏油さんは紳士だった。わたしが持っていた荷物を持ってくれたし、わたしのペースに合わせてゆっくり歩いてくれた。五条悟はわたしが持ってきた呪具を先生に届けると言って、どこかへ行ってしまったが全然気にならなかった。

自販機の近くにはベンチが置いてあった。そこに座って買ってもらったカルピスを飲んでいると、夏油さんも隣でコーヒーを啜っていた。微かに香ってくるコーヒーの香りが大人の香りのようですごくかっこよく見えた。


「悟が嫌い?」
「大嫌い」
「ああ見えていいところもあるよ」
「知ってます。でも、比べられるから…」

あぁ、とわたしの顔を見て夏油さんは納得したようにコーヒーを飲んだ。それ以上はわたしに何も聞いてこなかった。ただ、カサカサと風が木の葉を揺する音だけが聞こえた。夏油さんの周りは空気が暖かいような気がした。わたしには五条悟のような六眼はないので、見えるわけじゃないけど。


「そろそろかな」
「え?」
「悟が君を送るための車を手配して、その準備が出来たころだと思う」
「だってさっきさっさと帰れって」
「君の同級生と精神年齢が同じだからね、素直になれないんだよ」


ほらきた、そう夏油さんが指さした先には五条悟がいた。ダルそうにしているが、その足の長さからあっという間に私たちのもとへたどり着きそうだ。「君がどう思っているか分からないが、悟は君が思っている以上に君を可愛がっているよ」と小声で夏油さんは呟いた。ぽい、と夏油さんが放り投げた空き缶は綺麗な放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。