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仕事で伊地知さんの車に乗るのが好きだ。
伊地知さんも、伊地知さんの醸し出す空気も好き。そして、何よりも伊地知さんも五条悟の被害者であるが故に、わたしの愚痴に同調してくれることがわたしの癒しとなっている。

しかし、今日は違う。


「この人が居るって聞いてないんですけど」

高級な車の後部座席の扉を開けば、もう既に先客がいた。足を持て余して、広い車内だというのにまるで狭いとでも言わんばかりの存在感。五条悟だ。わたしはこの人と並ぶのが本当に嫌だ。年が10も離れているというのに、風貌が似ていると言うだけでずっと比べられてきた。それどころか、二人並べられて兄妹みたいと言われたりお似合いと言われたりすることも多々あった。わたしのコンプレックスの原因は全てこの五条悟のせいと言っても過言ではない。

伊地知さんは申し訳なさそうに「今日は一緒の現場でして」とミラー越しにわたしに頭を下げる。伊地知さんは悪くない。悪いのは全てこの五条悟だ。何度でも言う、この人はわたしにとっての絶対悪なのだ。


「一緒の仕事ってどういうこと?この人一人で十分でしょ」
「私もそう思うのですが、」
「僕が一人じゃさみしいからって言ったの。生徒一人連れていきたいな〜って」
「じゃあ今すぐ高専やめてきます」
「僕は別にいいけど、伊地知が怒られるだろうね」


それを言われてしまうと弱い。選択肢が一つとなり、わたしは車に乗り込み後部座席のドアを思い切り閉めた。車がスピードに乗る前に、はい、と五条悟に手渡された資料に目を通す。場所はここから車で二時間ほどの山。パワースポットとして今人気になっている場所だった。パワースポットと言えば聞こえがいいが、人が集まればそれだけ人の感情が集まる。いいものも悪いものも。つまり呪いが、呪霊が集まるということだ。


「僕はとりあえず見守ってるからなまえやっちゃってよ」
「やだ」
「これも勉強でしょ?」
「先生っぽいこと言わないで」
「先生だし」
「先生だと思ったことないし」
「どうやったら僕に懐いてくれるのかなぁ、この子は」
「懐かねぇよ」


本当に悪気はないんですという笑顔を顔面に張り付けていても、わたしは今の五条悟も昔の五条悟も全部知ってる。見てきたし、知らされてきた。だから、今更感情が揺り動くことはない。五条悟も人の感情をどうこうしようという酔狂人ではない。つまり、五条悟は自分と関わることによって反応するわたしを楽しんでいるのだ。


「伊地知さん、帰りは助手席乗っていい?」
「帰りは傷だらけになるんだから僕の膝枕で帰ればいいよ」
「お断りします。帰りはあんたの愚痴を伊地知さんに聞いてもらいながら帰るので。いつもみたいに」
「いつも言ってんの?」
「いっっっつもいってるよ!あんたがクソだから」
「女の子がクソとか言わないの」
「それについては私もそう思います」
「伊地知さんの裏切り者!」


窓の外は未だ郊外の住宅街を映し出している。目的地まではまだまだ掛かりそうだ。それまでわたしの元気は持つだろうか。やっぱり五条悟に関わると碌なことがない。