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七海さんが高専に居ることはそんなに珍しいことじゃない。
けれど、いつもパッと来てパッと帰ってしまうので、遭遇することはほとんどなかった。「ナナミン来てたよ」って後から知らされるのがほとんどだったので、わたしはやっぱりちょっと寂しかった。

そんな日が続いている中、午前の授業を終えたあとのことだった。ベンチに座って、緑が生い茂った木々を眺める七海さんが居た。リストラされた人みたいって思ったのはわたしだけの秘密。きっとみんな思ってたと思うけど。



「七海さん!」
「あぁ、もうお昼ですか」
「そうですよ、どうしたんですか。哀愁背負って。」
「なまえさんを待ってました」


待って待って、ちょっと待って。今なんとおっしゃいました?わたしを?待ってた?もしかしてもうこの仕事辞めて田舎に帰ることにしましたとか?結婚報告とか?やだむり。どれも無理。


「心の準備いるやつですか?」
「どういうことでしょう」
「田舎に帰るとか結婚するとか」
「違います、パンを買いすぎました」


どうぞ、と手渡されたのは七海さんの隣に置いてあった紙袋だった。許可を取って中身を確認すれば、わたしの好きな甘いパンばかりで絶対「買いすぎた」わけではないことが分かった。だって、メロンパンに生クリーム乗ってるパンに、カヌレにバケットサンドにカスクードだよ。七海さんの好きなパンってこういうのじゃないよね?


「七海さん、これ」
「本当に買いすぎただけなので」
「一緒に食べませんか?」
「え?」
「七海さんのコーヒーはわたしが奢りますから!」

だって、すごくすごく嬉しかったんだもん。いつも忙しそうにしている七海さんが誰かに預けてくれてもよかったのに、こうしてわたしを待っててくれてたことが。時間に厳しい七海さんがわたしのために自分の時間を使ってくれたことが。


「すみません、嘘をつきました」
「分かってますよ」
「いえ、五条さんになまえさんの様子を見て欲しいと頼まれたんです」
「…そうなんですか」
「うまく誤魔化せなくてすみません」
「いえいえ、七海さんが気に病むことではないです」


カフェオレとブラックコーヒーを持ってベンチに座る。七海さんがポケットから取り出したハンカチを膝の上に広げた。袋の中からバケットサンドとカスクードを取り出して、「どっちにしますか?」と尋ねる。じゃあ、とカスクードをわたしの手から七海さんは取った。


「なまえさんは甘いパンが好きかと思ってたくさん買ってしまいました」
「…甘いパンは五条悟に渡そうと思って。自分から関わるのは不本意ですけど」
「喜ぶと思いますよ、うっとおしいくらいに」


ふふ、と少しだけ口角を上げた七海さんは、ぺりぺりと音を立ててパンにされたラッピングを外していく。こうした動作を見ていると、七海さんがどれだけ丁寧に生きているのかが分かる。風が二人の間を優しく浚った。ぬるま湯のような風が。おいしいパンとコーヒー。それに七海さん。わたしはなんて幸せものなんだろう。甘やかされてるなぁってそう思った。