硝子さんの手当てを受け、少し眠ると言った恵にここに居てもいい?と聞いたら「好きにしろ」と言われたので、恵の部屋の本を拝借して留まることにした。本が読みたかったわけじゃない。一人で居ると落ち着かなくなりそうだったから、誰かと一緒にいたかったのだ。


時間にしたらそんな長くはなかったと思う。
部屋の外から声が聞こえてきたのだ。確認したいが、ここは男子寮。わたしが勝手に廊下に出て、めんどくさい先生が居たりしたら困るから眠る恵の身体を揺すった。眠りが浅かったらしく、恵はすぐに目を覚まし「どうした?」と体を起こした。


「外、知らない声がする」
「…確認してくる」
「わたしは?」
「少し待ってろ」

首の後ろを擦りながら立ち上がった恵は、廊下へ向かう。扉を開けたままにして、外の人物と会話を始めた。


「げ、隣かよ」
「伏黒、今度こそ元気そうだな」
「空室なんていくらでもあったでしょ」
「だって賑やかなほうがいいでしょ?良かれと思って」
「授業と任務で十分です。ありがた迷惑」


そんな会話が聞こえてきて、わたしは思わず身構えた。声の主に聞き覚えがあったからだ。一人はわからないけど、一人は五条悟。隠れる場所を探してわたわたと音が出ないようにあわててみたけれど、恵の部屋は物が少ないので隠れる場所はない。部屋に入ってこないことを祈って、ベッドの脇に身を隠した。


「お〜ちゃんとしてる」
「だから、迷惑だっつーの」


恵の声のあとにバキッと大きな音がして、「あひぃ〜」と痛そうな声が聞こえてきた。咄嗟に体を起こして現状を確認してしまった。明るい髪色の男の子が見えた。男の子のほうはわたしに気づかず頬を抑えながら、廊下へと顔を引っ込めた。

ドアが閉まってしまったことによって、廊下側の声ははっきりと聞こえなくなってしまった。見たことない子だったけど、あの子は誰だったんだろう。もしかして、あの子が宿儺の器?いろいろと考えたかったけれど、考え事をする間もなく恵が不機嫌そうに部屋へ戻ってきた。


「恵、さっきのって」
「そ、宿儺の器。虎杖悠仁。」
「紹介〜〜」
「五条先生一緒だったし、宿儺じゃなくて虎杖だったからなまえが嫌がるほうが勝るだろ」
「…ありがと」
「別に。なまえがここに居る理由勘繰られんのもめんどくせーし」


必要以上にわたしに気を使ってくれてる恵に頭が上がらなかった。はぁ、と息を吐いて恵がベッドに腰かける。わたしもベッドの裏から出て、ベッドに座る恵の近くの床に座った。


「そういや、明日出かけるって」
「どこに?」
「あと一人の一年迎えにいくらしい」
「…!てことは!」
「会えるな、明日」
「恵〜〜どうしよう何着ていこう」
「制服だろ」


めちゃくちゃはしゃぐわたしの横で、恵は至って冷静だ。あんまり期待すんなよ、と釘をさしてくる始末。「隣にいんだからあんまり騒ぐなよ」と言って、読みかけの文庫本を開いた。わたしは本を読む気にも部屋に戻る気にもなれず、しばらく恵の部屋に居させてもらった。