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「め〜ぐみ!」
「なまえ、元気なったみたいだな」
「その節はお世話になりました」


高専はそれなりに広い。その中で、一年の俺たちが入り込んでいい場所は限られている。校舎の一部、医務室、演習場、宿舎とその周辺、だ。その中でも、校舎と宿舎の間にある場所が俺は好きだった。今も気分転換に文庫本を持って、木陰に置かれたベンチに座っている。そこになまえが来た。


「なにがあったか聞いていいか?」
「恥ずかしいからあんまり思い出したくないんだけど」
「言いたくないなら別にいい」


それはそうだ。なまえにとって、俺は関係のない人間。だから、気にしないことに決めた。なまえの五条先生を嫌いだという気持ちも、五条家の人間関係も。なのに、なんでこんなに気になるんだ。自分が部外者扱いされることが嫌なんじゃない。きっとなまえのパーソナルスペースの中に自分が居ないことが嫌なんじゃないかと思う。


「五条先生とか狗巻先輩に聞いてない?」
「こういうのは本人に聞くべきだと、思ってる」
「そっか、なら聞いて欲しいな」


ポツリポツリ、必要最低限の言葉を選んで話し始めたなまえの横顔を眺めていた。その口から語られる事実は正直どうでもよかった。なまえの中の説明したい人間に入れたことが嬉しかった。人間関係に飢えてるのか?とも思ったが、きっと釘崎だったらここまで気にならなかっただろう。真希先輩なら少し、気になるかもしれない。自分が無関係ではないから。

ずっとモヤモヤしていた。だけど、身振り手振りをつけながら話すなまえを見てたら、それすらどうでもよくなった。


「で、お見合いはなくなったって話」
「そうか」
「恵は結婚とか考えたことある?」
「……ないな」
「だよね、16そこそこで考えられるわけないよね」


口元に手を当てて、笑うなまえ。もし、その見合い相手が狗巻先輩って事前に分かっていたらどうした?と聞きかけてやめた。それを知ってなんになる。ただの同級生がそんなこと気にしないだろ。


「またそんな話が出てきたら俺が彼氏になってやろうか」
「え?」
「彼氏?つーか彼氏役?」
「恵が?なんで?」


自分でも何言ってんだって気持ちになった。無意識での発言だった。なんでと聞かれても「なんででも」って答えしか自分の中でしか出てこなくて言葉に詰まる。結局出てきたのは、「また寝込まれたら困る」なんていう心にもない言葉だった。


「あーそっか、そうだよね」
「それに宿儺の嫁なんだろ?」
「嫁候補!まだね!」

ケラケラと二人笑いあう。嫁候補も彼氏のふりもどこまでが現実でどこからが冗談なんだろう。ただ、関わっていたいと思う。なまえの人生に。自分が誰かにこんなに深く関わりたいと思う日が来るなんて。

気にしないでいる、はずだったのにな。