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「恋とはおちるもの」

野薔薇に借りたファッション誌に組まれた特集のタイトルを口にする。落ちるもの、堕ちるもの、墜ちるもの。予測変換だけでもその三つが出てきそうだな、と思いながらペラっとページを捲る。実体験の胸きゅんや、恋が冷めた瞬間が書いてあるその特集を眺める。


「恋は落ちるもの、愛は育むものだろ」

隣で文庫本を読んでいた恵が、テーブルの上のコーヒーに手を伸ばしながら呟いた。なるほど、と思いながら、やはり納得がいかない。愛は育む、はまだしも、恋に落ちるとはどういうことか。落ちるなら、どこからどこへ落ちるのか。東京タワーから?スカイツリーから?それとも、落とし穴?そんな哲学的思考が頭を巡る。


「例えばどんな時に恋に落ちる?」
「…知らねぇよ」
「例えばって言ってるじゃん、恵は?」
「そういうのは虎杖とか五条先生に聞けよ」
「いやいや、わたしは恵の恋愛観が聞きたいの」
「例えば…?」


眉を顰め、首を傾けて、恵は考え込む。そんな難しいこと聞いたかな。どんな時にきゅんとする?って聞けばよかったのか。しくじった。


「例えば、でいいんだよな」
「うん、」
「手、出せよ」


言われるがままに手を差し出す。天井に手のひらを向けて差し出したわたしの手に、上から手を重ねる恵。そのまま、少し指先をずらして、手を握る。


「こうやって、自分より小さい手のひらとか、自分とは違う体温感じた時とか、握りしめて守ってやりたい、とは、思う」


あぁなるほど、と思った。実際、わたしも今の仕草にきゅんとなってないと言ったらウソになる。普段スキンシップをしない人にされたら、本当に好きなのではと錯覚しそうになると思う。恵だから大丈夫だけど。


「それ、野薔薇には絶対しないでね!」
「しねぇよ」
「絶対だよ」
「なんでだよ」
「野薔薇はわたしのだからだよ!」
「取らねぇよ」


野薔薇がそんな簡単に誘惑されるとは思えないけど、万が一にも億が一にでもそんなことがあったらつらい。いや、恵や野薔薇が本気だったらわたしは祝福するけど。そんな日は来ないで欲しいな。


「なまえは?どうなんだよ」
「恋に落ちる時?」
「そう、それ」
「私は恋に落ちないよ」
「なんだよ、それ」
「わたしにあるのは愛なので」
「全然意味わかんねぇ。真面目に答えた俺が損してないか」
「損したって、恵もわたしの恋愛観に興味あるの?」
「あるだろ、宿儺が好きとか言ってんだから」


そりゃそうか。わたしにとっての宿儺は愛でしかないのだけど、それを人に説明できるだけの言葉を持ち合わせていない。言葉では言い表せないのだから、仕方ないじゃないか。


「恋に落ちるとかはわからないけど、見つめあうより同じ方を見ていたいかなぁ」
「それはなんとなくわかる」
「世の中の女の子はきっと見つめあいたいだろうから、そこは分かったらダメなんじゃない??」


そう言って、雑誌のページを指さす。そこには「よく目が合うようになったら恋の始まり」って書かれていて、それを見るために恵はわたしの肩にもたれかかる。恋とか愛とか語ってるけど、お互いに恋人が出来たらどうなるんだろうね。今みたいに一緒にはいられなくなるのは、多分、とっても寂しいだろうな。