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車の外に見える木々がカサカサと音を立てて揺れている。今日は風が強いのか、その木から意志とは関係なく落とされる木の葉を見ていると、何とも言えない気持ちになった。それは今日の任務のせいなのかもしれない。

今日の任務はラブホテルと呼ばれる場所に現れた呪霊を祓うものだった。二級程度ということだったので、わたしと悠仁が派遣されたのだけど、現場は至極悲惨なものだった。呪霊が、というよりも、人の感情というものを目の当たりにした。浮気男への憎悪から沸いたその呪霊は、男ではなく女を襲うもので、わたしばかりに攻撃を仕掛けてきた。女の憎しみは女へ向かうのだ。分からなくもないけど。


「なまえ、大丈夫?」
「…男って最低だなって思ってたところ」
「うーん、それはそうだけど、浮気って一人じゃできないだろ」
「そうだけど」
「彼女が居るのにほかの女の子に手を出した男が最低なのはもちろんだけど、彼女が居るって分かってて流される女の子もどうかと俺は思うよ」


理屈ではないし、理屈である。それはよくわかっている。悠仁の言うことはもっともだ。でも、わたしなら呪うなら男を呪うだろう。もしくは浮気男なんて、スパッと切り捨ててやるだろう。


「悠仁は浮気しなさそうだよね」
「俺?俺はしないかなぁ」
「絶対しないと思う」
「なんで?」
「悠仁は人を悲しませるようなことはしないでしょ?」


世の中に絶対なんてことはない、わたしはそれを知っている。けど、悠仁が浮気しないと思うのは確信に近い絶対と言い切れる。悠仁は誠実だし、自分が好きになった人を傷つけることはしない。自己犠牲の精神が強い、まるで銀河鉄道の夜のカンパネラみたいに。


「なまえも浮気しないだろうな」
「そうかな?」
「だって宿儺のことすげぇ好きじゃん。一途ってそれだけですげーなって思うよ」


悠仁はわたしに無邪気な笑顔を向ける。宿儺が自分の中に居て、わたしが悠仁じゃなくて宿儺を望んでるってこと分かってるのかな。分かってないから、そうやって笑っていられるんだろうけど。

外の風はまだ強く、木々の緑を落としていく。もし浮気されるくらいなら、こうやっていっそ切り捨ててくれたほうが幾分もましだろう。そんなことを考えながらも、車は景色を変えていく。


「悠仁、宿儺に会いたい」
「え、」
「会いたい、変わって」
「ごめん、それはできない。なまえのことは応援してるけど今は先生居ないし」


困ったように悠仁は笑う。ねぇ、応援なんてしないでよ。わたしはわがままで利己的なだけの人間なんだから。わたしも悠仁みたいな人間に生まれたかった。打算と無縁な人間に。